志村豊志郎
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東京府東京市板橋区中村町(後に練馬区に分区)生まれ。東京都立豊多摩高等学校[1]、青山学院大学経済学部商学科卒業[4]。
1955年練馬区役所に入庁し、1981年企画部長、1983年議会事務局長、1987年企画部長、1989年総務部長、1993年練馬区都市整備公社理事長、1996年常勤監査委員を経て、1999年に助役[1]。
岩波三郎区長(当時)の引退表明を受け、2003年2月12日に助役を辞職[5]、後継候補として自民党の推薦と公明党の支持を得て4月27日の練馬区長選で初当選[6]。2007年、再選。2011年、3選。
2014年2月24日朝、区職員が志村の出勤の送迎のため、区長公用車で志村が居住する区内中村のマンションを訪れ、志村の自室のインターフォンを押したが応答がなかったため、不審に思った職員が区役所に連絡を入れ、志村の自室に入った志村の親族が浴室で倒れている志村を発見。通報により駆け付けた救急隊が、その場で志村の死亡を確認した[7]。81歳没。従五位旭日小綬章追贈[8]。
区政
- 2009年4月、フランスのアヌシー市とアニメ産業交流協定を締結した[9]。