志染町戸田
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地名の由来
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

元々は大戸田村と小戸田村として分かれていたが、1876年に合併して戸田になった[1][2][3]。志染地区の東側、六甲山地の西側、淡河川の沿岸北側に位置しており、ひょうご情報公園都市が立地している。渡来人がこの地を与えられて住んでいた伝承があり、三木市教育委員会の発掘によって、小戸田から古墳時代の住居跡が発見されている。東部と南部は六甲山地の西側である[1][4][2][3][5]。志染町の東側に位置する。東側は神戸市北区淡河町勝尾・淡河町野瀬、西側は志染町御坂、南側は志染町三津田、北側は志染町大谷と接する。
丹生山の麓の地形が戸棚に見えることから古くから居住している住民が「戸田」と名付けたとされている。さらに、かつて湖であった淡河を農地を広げるために干拓し、その敷地が渡来人に提供されたことから、この田んぼが「奴田」と呼ばれるようになり、それが転訛したという説もある[1][2][5]。
風景
現在は兵庫県道38号三木三田線の沿線上に住宅地と農地が混在しており丹生山の麓に棚田が広がる農業地帯で、米と菊を栽培しており、至る所にビニールハウスがある。北部の谷間には大小多数のため池が立地している。
北側にはひょうご情報公園都市が進出しており、工業・物流の拠点となっている。東側は六甲山地の麓に山陽自動車道木見支線が通過している[1][4][5]。
旧村の概要
- 大戸田村 - 「おった」と呼ばれていた。淡河の手前、小戸田村の西側、淡河川の流域に位置している。
- 小戸田村 - 「こった」と呼ばれていた。大戸田村の東側、淡河川の流域に位置している。
人口・世帯数
| 年 | 人口 | 前年比増減 | 増加率 | 世帯 | 前年比増減 | 増加率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003年3月31日[6] | 465[6] | - | - | 134[6] | - | - |
| 2004年3月31日[7] | 464[7] | -1 | -0.00 | 137[7] | 3 | 0.00 |
| 2005年3月31日[8] | 457[8] | -7 | -0.02 | 135[8] | -2 | -0.01 |
| 2006年3月31日[9] | 446[9] | -11 | -0.02 | 131[9] | -4 | -0.03 |
| 2007年3月31日[10] | 439[10] | -7 | -0.02 | 130[10] | -1 | -0.01 |
| 2008年3月31日[11] | 430[11] | -9 | -0.02 | 131[11] | 1 | 0.01 |
| 2009年3月31日[12] | 415[12] | -15 | -0.03 | 132[12] | 1 | 0.01 |
| 2010年3月31日[13] | 404[13] | -11 | -0.03 | 133[13] | 1 | 0.01 |
| 2011年3月31日[14] | 388[14] | -16 | -0.04 | 133[14] | 0 | 0 |
| 2012年3月31日[15] | 372[15] | -16 | -0.04 | 135[15] | 2 | 0.01 |