忠誠宣誓 (ドイツ)
From Wikipedia, the free encyclopedia
第一次世界大戦末の1918年11月9日、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は反旗の上がったベルリンに兵を送ろうとするが、集まった高級将校の多くは是としなかった。皇帝は「プロイセン軍人の忠誠宣誓はどうなったんだ」と詰め寄るが、参謀本部次長のヴィルヘルム・グレーナーが「陛下、忠誠宣誓はもはや空虚な観念に過ぎません。」と諭したという。同日、皇帝は退位した。
忠誠宣誓に基づく命令への絶対服従の伝統は、第二次世界大戦でドイツ軍人が「人道に対する罪」を拒否しえなかった理由の一つとされたため、戦後のドイツ連邦軍(旧西ドイツ軍)では否定された。そのため、ドイツ連邦共和国基本法及び軍人法には、“軍人もまた市民であり基本権を保持する”という規定(軍人法第17条)による「抗命権」、及び、発動された場合の不利益処分(降格など懲戒)の禁止が明文規定されている。また、昇進できないことを条件に忠誠宣誓を拒否する権利も認められている。なお、忠誠宣誓自体は現在のドイツ連邦軍にも存在する。