性配分理論

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主要概念 性比・局所交配競争・トリヴァース=ウィラード仮説・フィッシャーの原理・サイズ優位モデル
主要人物 ロナルド・フィッシャー、W・D・ハミルトン、ロバート・トリヴァース、エリック・チャーノフ、スチュアート・ウェスト
基礎文献 Charnov (1982) The Theory of Sex Allocation;West (2009) Sex Allocation
性配分理論
Sex Allocation Theory
雄・雌機能への資源投資の最適化を扱う進化生態学の理論
基本情報
分野 進化生態学行動生態学
主要概念 性比・局所交配競争・トリヴァース=ウィラード仮説・フィッシャーの原理・サイズ優位モデル
主要人物 ロナルド・フィッシャー、W・D・ハミルトン、ロバート・トリヴァース、エリック・チャーノフ、スチュアート・ウェスト
基礎文献 Charnov (1982) The Theory of Sex Allocation;West (2009) Sex Allocation

性配分理論(せいはいぶんりろん、英語: Sex Allocation Theory)とは、有性生殖を行う生物が雄機能と雌機能にどのような割合で資源を投資するかを、自然選択の観点から説明・予測する進化生態学の理論体系である。

投資の対象には、雄・雌の配偶子、雄・雌の子孫の数と質、さらには性転換の時期や方向性なども含まれる。進化生物学において最も検証が蓄積された理論の一つとされており、原虫線虫昆虫魚類哺乳類植物に至る多様な生物群において、その予測が実証されてきた。[1][2]

性配分理論は、生物が雄・雌のどちらの性に、どれほどの資源を投じるべきかという問いを、進化的安定戦略(ESS)の観点から分析する。多くの生物では、雌雄の性比がほぼ1対1となることが観察されるが、それはある特定の条件のもとで均等配分が進化的に安定だからである。一方で、局所的な競争・協力関係、個体の状態・体サイズ、繁殖様式(雌雄同体か雌雄異体か)などの条件が変わると、性比や性配分は大きく偏ることがある。

性配分理論は、単一の命題ではなく、複数の相互に関連するサブ理論から構成されており、それぞれが異なる生物学的文脈において異なる予測を導く。[3]

背景・発展の経緯

フィッシャーの原理(1930年)

性配分理論の出発点はロナルド・フィッシャーの「等投資原理」(フィッシャーの原理)である。フィッシャーは1930年の著書 "The Genetical Theory of Natural Selection" において、親が雄の子と雌の子に費やす総コストは等しくなるように自然選択が働くと論じた。雌が過剰な集団では雄への投資が有利となり、反対に雄が過剰であれば雌への投資が有利となる。この負の頻度依存選択の結果として、1対1の性比が進化的安定戦略となる。[4]

ハミルトンの局所交配競争理論(1967年)

W・D・ハミルトンは1967年の論文「Extraordinary sex ratios」において、近親個体間で交配競争が局所的に生じる場合(局所交配競争、Local Mate Competition; LMC)、メスは雄系統の息子同士の競合を減らすため、雌偏向の性比を生産することが有利となることを示した。この理論はとりわけ寄生蜂などの膜翅目昆虫において精度の高い定量的検証を可能にし、性配分理論の中でも最も実証的に成功した分野の一つとなっている。[5]

トリヴァース=ウィラード仮説(1973年)

ロバート・トリヴァースダン・ウィラードは1973年に、一夫多妻制かつ性的二型が顕著な哺乳類において、母親の状態(体況)が子の性比に影響することを予測した(トリヴァース=ウィラード仮説; TWH)。高状態の母親は雄の子の繁殖成功を高められるため雄を産むことが有利であり、低状態の母親は雌の子を産む方が適応的だとされる。アカシカCervus elaphus)などの研究でこの仮説の支持例が報告されている一方、検証結果は必ずしも一致しておらず、現在も活発な議論が続いている。[6]

チャーノフの体系化(1982年)

エリック・チャーノフは1982年の著書 "The Theory of Sex Allocation" において、それまで分散していた性配分に関する理論を統一的な枠組みとして整理した。この著書では、雌雄異体種における性比進化にとどまらず、雌雄同体種(同時的・逐次的)における性配分の最適化、性転換の方向・タイミング、環境依存性決定、真社会性昆虫における性比など、多岐にわたるトピックが扱われた。[7]

ウェストによる集大成(2009年)

スチュアート・ウェスト(オックスフォード大学)は2009年の著書 '"Sex Allocation" において、それ以降の数十年の理論・実証研究を包括的に整理し、原虫からヒトに至る多様な生物群にわたる統一的概念枠組みを提示した。この著書は現在も当該分野の標準的参照文献となっている。[8]

重要項目

フィッシャーの等投資原理

雌雄の産出コストが等しい場合、自然選択は1対1の性比を安定化させる。これは集団中に少ない方の性への投資が常に有利となる負の頻度依存選択に基づく。雌雄間でコストが異なれば、自然選択は産出コストの均等化を目指すため、子の数が1対1でなくとも、親の投資量は等しくなる方向に選択が働く。

局所交配競争(LMC)

兄弟間で交配競争が生じる種では、雌に偏った性比の産出が有利となる。ハミルトンのLMC理論は、寄生蜂における精緻な性比操作行動を説明する上で特に成功を収めた。単一の雌が宿主に産卵する場合は最も雌偏向な性比が最適であり、複数の雌が同一宿主に産卵するほど雄の比率が増加するという定量予測は、多くの実証研究によって支持されている。[9]

局所資源競争(LRC)

アン・クラークが提唱した局所資源競争(Local Resource Competition; LRC)理論は、娘が母親の縄張りに残留して資源競合を生じさせる種では、母親が息子に偏った性比を産出する方が有利となることを予測する。逆に、息子の方が分散する種ではその逆の偏りが期待される。ガラゴの一種(Otolemur crassicaudatus)に関する研究がこの理論の端緒となった。[10]

トリヴァース=ウィラード仮説(TWH)

一夫多妻制で性的二型が顕著な種では、雄の繁殖成功の分散が雌よりも大きい。そのため、高状態の母親は強健な雄を産む方が繁殖価を最大化できる一方、低状態の母親は雌を産む方が有利となる。アカシカアカゲザルなど複数の哺乳類でこの仮説に沿った性比操作が報告されているが、証拠の蓄積は不均一である。[11]

サイズ優位モデルと性転換

マイケル・ギスリン(Michael Ghiselin)は1969年の論文において、体サイズと繁殖成功の関係が雄と雌で異なる場合には、逐次的雌雄同体性転換)が自然選択によって有利になることを論じた(サイズ優位仮説; Size-Advantage Hypothesis, SAH)。小さいときは雌機能が有利で大きくなると雄機能が有利になる種では雌先性(protogyny)が、逆の場合は雄先性(protandry)が進化すると予測される。サンゴ礁魚類を中心に多くの実証例が報告されており、現在もサイズや社会構造・交配システムとの関連が研究されている。[12][13]

同時的雌雄同体における性配分

雌雄を同時に機能させる同時的雌雄同体では、雄機能への投資(精子産生)と雌機能への投資(卵産生)の最適比率が問われる。チャーノフのモデルは、交配集団のサイズが大きくなるほど精子への投資率が増加することを予測するが、体サイズや後交配競争(精子競争)の要素が加わるとモデルはより複雑になる。扁形動物多毛類での実証研究が蓄積されている。[14]

真社会性昆虫における性配分

トリヴァースとヘアは1976年の論文において、半倍数性(ハプロダイプロイド)を採用する真社会性膜翅目アリハチ)の女王・ワーカー間の性配分をめぐる内的コンフリクトを分析した。ワーカーは自身の姉妹(女王の娘、相関係数3/4)に対して強い血縁があるため、コロニーの性比を雌(新女王)に偏らせる方向への選択圧がかかる。これは血縁選択理論(kin selection)の最も明快な実証例の一つとして引用される。[15]

植物への応用

性配分理論は動物だけでなく植物にも広く適用されている。両性花を持つ被子植物(雌雄同体植物)では、雄機能(花粉雄蘂への投資)と雌機能(胚珠雌蘂種子への投資)の最適配分が理論的に予測可能である。実証研究では、花粉媒介者の行動、自家不和合性の有無、集団密度、繁殖様式(他家受粉自家受粉)などが性配分に影響することが示されており、雌雄異体の進化やアンドロモノエーシー(雄花と両性花を持つ状態)の維持なども理論の射程に含まれる。[16]

影響・評価

性配分理論は、進化生態学において理論と実証の往還が最もうまく機能した分野の一つとして高く評価されている。[17] その応用範囲は広く、以下の分野でも重要な示唆を与えている。

保全生物学
絶滅危惧種の個体群における性比の偏りと個体群動態の関係の解明に利用される。
害虫防除・生物的防除
天敵昆虫(寄生蜂)の性比操作メカニズムの理解が、大量増殖プログラムの最適化に貢献する。
感染症疫学
マラリア原虫Plasmodium 属)の配偶子母細胞における性比操作は、LMC理論の枠組みで分析されており、薬剤ターゲットの探索にも応用されている。
漁業管理
性転換魚類の資源管理において、サイズ優位モデルに基づく選択的漁獲の影響評価が行われている。[18]

また、性配分理論における包括的適応度モデルの開発と検証は、血縁選択理論親子コンフリクト理論ゲノム内コンフリクト理論など、より広い社会進化・行動生態学の論争においても重要な試金石を提供してきた。

主要文献

  1. Fisher, Ronald A. (1930). The Genetical Theory of Natural Selection. Oxford University Press (Clarendon) 
  2. Hamilton, William D. (1967). “Extraordinary Sex Ratios”. Science 156: 477–488. doi:10.1126/science.156.3774.477. 
  3. Trivers, Robert L.; Willard, Dan E. (1973). “Natural Selection of Parental Ability to Vary the Sex Ratio of Offspring”. Science 179: 90–92. doi:10.1126/science.179.4068.90. 
  4. Trivers, Robert L.; Hare, Hope (1976). “Haplodiploidy and the Evolution of the Social Insects”. Science 191: 249–263. doi:10.1126/science.1108197. 
  5. Charnov, Eric L. (1982). The Theory of Sex Allocation. Princeton University Press. ISBN 978-0-691-08368-1 
  6. Schärer, Lukas (2009). “Tests of Sex Allocation Theory in Simultaneously Hermaphroditic Animals”. Evolution 63 (6): 1377–1405. doi:10.1111/j.1558-5646.2009.00669.x. 
  7. West, Stuart A. (2009). Sex Allocation. Princeton University Press. ISBN 978-0-691-08964-5 
  8. Alonzo, Suzanne H. (2010). “Is There a Unifying Theory of Sex Allocation?”. Evolution 64 (11): 3325–3329. doi:10.1111/j.1558-5646.2010.01072.x. 

関連項目

脚注

外部リンク

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