行動生態学

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起源分野 動物行動学(エソロジー)
確立期 1970年代
行動生態学
Behavioral Ecology
生態学的圧力に起因する動物行動の進化的基盤を研究する学問分野
基本情報
学問分野 生物学生態学進化生物学
起源分野 動物行動学(エソロジー)
確立期 1970年代
関連分野 社会生物学進化心理学比較心理学神経行動学人間行動生態学
主要学術誌 Behavioral Ecology(国際行動生態学会、1990年創刊)、Animal Behaviour

行動生態学(こうどうせいたいがく、英語: Behavioral Ecology、英国では Behavioural Ecology とも表記される)は、生態学的な圧力に起因する動物行動の進化的基盤を研究する学問分野である[1]。行動生態学は動物行動学(ethology)の分派として発展し、ニコ・ティンバーゲン(Niko Tinbergen)が1963年に提示した四つの問い——近接的原因(causation)・個体発生(ontogeny)・適応的機能(function)・系統発生(phylogeny)——を理論的出発点とする[2]

ある形質が生物の環境内で選択的優位性(Selective Advantage)を持つ(すなわち適応的意義を持つ)とき、自然選択(natural selection)はそれを支持する。行動生態学はこの枠組みのもとで、採餌行動・配偶システム・なわばり行動・協力行動・コミュニケーションなど多様な行動がいかに自然選択によって形成されるかを研究する[3]

行動生態学は1970年代に動物行動学(ethology)の一派生として登場した。それ以前の動物行動学が行動の機制・発達・系統発生に関心を持っていたのに対し、行動生態学は「行動の適応的機能(なぜその行動が適応的か)」という問いを中心に、生態学進化生物学・経済学(ゲーム理論)の知見を統合した[4]

アメリカではエドワード・O・ウィルソンの著書『社会生物学——新しい総合』(1975年)を中心に「社会生物学」という名称が用いられ、イギリスでは「行動生態学」と呼ばれた。その後「行動生態学」という語が世界的に定着した[5]。分野の制度化はジョン・クレブス(John Krebs)とニコラス・デイヴィス(Nicholas Davies)が1981年に共著した教科書『行動生態学(Behavioural Ecology: An Evolutionary Approach)』によって大きく推進された[6]

歴史的背景

エソロジーからの誕生

行動生態学の直接的な前身は、コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)とニコ・ティンバーゲンを中心として形成された動物行動学である。ローレンツとティンバーゲン、カール・フォン・フリッシュの三者は動物行動研究への貢献により1973年のノーベル生理学・医学賞を受賞した[7]

1963年にティンバーゲンが発表した論文「On aims and methods of ethology」は、行動研究が回答すべき四つの問い(後述)を定式化し、行動生態学の理論的枠組みに決定的な影響を与えた[8]

1960〜70年代の理論的発展

1960〜70年代には行動の進化を説明する複数の理論が相次いで提唱された。W・D・ハミルトン(W.D. Hamilton)は1964年に包括適応度(inclusive fitness)と血縁選択(kin selection)の数理理論を確立し[9]ジョン・メイナード・スミス(John Maynard Smith)とジョージ・プライス(George Price)は1973年に進化的安定戦略(ESS)を定式化した[10]ロバート・トリヴァース(Robert Trivers)は相互的利他主義(1971年)・親の投資理論(1972年)・親子間葛藤(1974年)という三つの重要理論を相次いで提唱した。

ティンバーゲンのオックスフォード大学グループからはリチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)、ジョン・クレブス、ニコラス・デイヴィスティム・クラットン=ブロック(Tim Clutton-Brock)ら行動生態学の担い手が育った。ドーキンスの著書『利己的な遺伝子』(1976年)は「遺伝子の目線(gene's-eye view)」の進化観を一般に広め、行動生態学の理論的基盤に大きな影響を与えた[11]

ティンバーゲンの四つの問い

行動生態学の研究枠組みを支えるのが、ティンバーゲン(1963年)が定式化した四つの問いである[12]。これらは「近接的(Proximate)」と「究極的(Ultimate)」の二大カテゴリに分類される[13]

因果機構(Causation / Mechanism)
その行動はいかなる生理的・感覚的・神経的メカニズムによって引き起こされるか。近接的問いの一つ。
個体発生(Ontogeny / Development)
その行動は個体の生涯を通じていかに発達・学習されるか。近接的問いの一つ。
適応的機能(Function / Adaptive value)
その行動は当該個体の適応度(生存・繁殖成功)にどのように貢献するか。究極的問いの一つ。行動生態学が最も重点を置く問いである。
系統発生(Phylogeny / Evolution)
その行動はいつ、いかにして進化的に生じたか。近縁種との比較によって探られる。究極的問いの一つ。

主要概念

適応的意義と適応度

行動生態学の核心的前提は、「自然選択が個体の繁殖成功度(適応度)を高める形質を支持する」という原則にある。適応的形質とは将来の世代に個体の遺伝子をより多くコピーするものであり、行動生態学はこの枠組みのもとで各種の行動パターンを解析する[14]

包括適応度と血縁選択

W・D・ハミルトンは1964年、遺伝的血縁者を通じた間接的な遺伝子の伝播を含む「包括適応度(inclusive fitness)」概念を提唱した[15]。血縁選択とは、自身の繁殖にコストがかかるとしても血縁者の繁殖成功を高めるような行動が自然選択によって進化する過程を指す。ハミルトン則(rB-C>0、r=血縁度、B=受益者の利益、C=行為者のコスト)はこの条件を数学的に表現する。この理論はミツバチや働きアリといった真社会性昆虫の不妊ワーカーの進化など、見かけ上の利他行動を説明する枠組みとして広く応用されている。

進化的安定戦略(ESS)

ジョン・メイナード・スミスジョージ・プライスは1973年の論文「The Logic of Animal Conflict」において、進化的安定戦略(ESS: Evolutionarily Stable Strategy)という概念を定式化した[16]。ESSとは、ある戦略が個体群内で一般的になったとき、いかなる代替(突然変異)戦略にも「侵略」されえない安定した行動パターンを指す。タカ-ハト(Hawk-Dove)モデルに代表されるこの枠組みは、経済学のゲーム理論ナッシュ均衡の概念を援用して行動の進化分析に応用したものであり、進化的ゲーム理論の出発点となった[17]

最適採餌理論

最適採餌理論(OFT: Optimal Foraging Theory)は、動物が採食行動において費やすエネルギー・時間を最小化しながら獲得エネルギーを最大化する戦略を採用するという仮説である[18]エリック・チャーノフ(Eric Charnov)が1976年に提唱した「縁辺値定理(Marginal Value Theorem)」は、動物がパッチ(食物の集中域)をいつ離れるかの最適タイミングを定量的に予測する定理として行動生態学の中心的モデルとなった。

縄張り行動と経済的防衛可能性

縄張り行動は、資源防衛によって得られる利益がそのコスト(エネルギー消費・負傷リスクなど)を上回るときに進化すると説明される。「経済的防衛可能性(economic defendability)」の概念は1964年にジェラム・ブラウン(Jerram Brown)によって導入された[19]。キンムネメジロの研究では、縄張り防衛のエネルギーコストと余分に得られる蜜のエネルギーを比較し、純利益が生じるときのみ縄張り行動が見られることが実証された。

配偶システムと性選択

行動生態学の主要テーマの一つは、単婚・多夫・多妻・乱婚など多様な配偶システムがいかに進化するかである。チャールズ・ダーウィンが提唱した性選択理論は、同性間の競争(雄間競争)と異性による選択(雌の選好)を主要な駆動力として位置づける。ロバート・トリヴァースは1972年の親の投資理論において、両性の親の投資量の非対称性が配偶システムと性選択の方向性を決定することを論じた[20]

相互的利他主義

血縁関係のない個体間の協力行動を説明するもう一つの枠組みが、トリヴァースが1971年に提唱した相互的利他主義(reciprocal altruism)である[21]。将来の返礼を期待して他個体を助けるこの戦略は、チスイコウモリの血液の分け合い行動などで実証的に支持されている。

ハンディキャップ原理とコスト信号

アモッツ・ザハヴィ(Amotz Zahavi)は1975年に「ハンディキャップ原理」を提唱し、シグナルが正直であるためには送信者にとって真のコストを要する必要があると論じた[22]クジャクの尾羽などの誇示形質は、この理論によって説明される。

主要な研究領域

行動生態学の研究領域は多岐にわたる。採餌生態学では動物がどのように採食判断を行うかを研究し、交配生態学では配偶者選択・精子競争・配偶システムの進化を扱う。社会生態学では群れ・コロニー・協力繁殖における社会的関係の進化を分析する。捕食者-被食者関係の生態学では逃避行動・警戒行動・擬態など対捕食者適応を研究する。コミュニケーション生態学では音響・視覚・化学シグナルの進化と機能を解析する。さらに生活史理論(life history theory)では、成長・繁殖・生存に投資する資源配分の進化的最適化を研究する。

影響と応用

行動生態学の理論と方法論は基礎科学にとどまらず、保全生物学野生動物管理農業動物福祉など広範な応用分野に影響を与えている。特に保全生物学においては、行動生態学的知見が絶滅危惧種の繁殖プログラムや生息地管理の設計に用いられている。また、進化的ゲーム理論は経済学・政治学・社会科学にも応用されており、生物学の枠を超えた学際的影響を持つ[23]

関連項目

脚注

外部リンク

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