恵隠 From Wikipedia, the free encyclopedia 恵隠(えおん、生没年不詳)は、飛鳥時代の学僧。俗姓は志賀漢人(しがのあやひと)。 近江国(滋賀県)滋賀郡の漢人で、記録に現れるのは、推古天皇16年(608年)9月、隋使裴世清を送る遣隋使として小野妹子が再任されるが、倭漢福因・高向玄理・旻・南淵請安らとともに、これに同行し、大陸へ渡っていることである[1]。31年に及ぶ長い滞在ののち、舒明天皇11年(639年)9月、新羅の送使に従ってのちに十師の一人になる恵雲とともに帰国し、入京する[2]。翌年5月、盛大な斎会が開かれ、招請されて無量寿経を講義している[3]。 大化の改新時の白雉3年(652年)にも内裏に招かれ、1,000人の沙門(僧侶)の前でふたたび無量寿経を説いている。質問者は十師の一人とされる恵資であった[4]。論議は6日間つづいた、という[5]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『日本書紀』巻第二十二、推古天皇16年9月11日条 ↑ 『日本書紀』巻第二十三、舒明天皇11年9月条 ↑ 『日本書紀』巻第二十三、舒明天皇12年5月5日条 ↑ 『日本書紀』巻第二十五、孝徳天皇 白雉3年4月15日条 ↑ 『日本書紀』巻第二十五、孝徳天皇 白雉3年4月20日条 参考文献 『コンサイス日本人名辞典 改訂新版』p199(三省堂、1993年)* 『日本書紀』(四)、岩波文庫、1995年 『日本古代氏族人名辞典』坂本太郎・平野邦雄監修、吉川弘文館、1990年 『日本書紀』(四)、岩波文庫、1995年 『日本書紀』全現代語訳(下)、講談社学術文庫、宇治谷孟:訳、1988年 『日本の歴史2 古代国家の成立』、直木孝次郎:著、中央公論社、1965年 『日本の古代3 海をこえての交流』、大林太良:編、中公文庫、1995年 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles