悼公 (秦) From Wikipedia, the free encyclopedia 王朝 秦在位期間 前490年 - 前477年都城 雍城諡号 悼公悼公 秦 第16代公王朝 秦在位期間 前490年 - 前477年都城 雍城諡号 悼公生年 不詳没年 悼公14年(前477年)父 恵公陵墓 丘里(景公陵西) 悼公(とうこう)は、秦の第16代公。恵公の子。 恵公の子として生まれる。 恵公10年(前491年)10月、恵公が薨去したため、後を継いで秦公となった。 悼公2年(前489年)秋、斉において主君殺しがあり、斉の悼公が即位した。しかし、その4年後(前485年)に悼公も殺され、簡公が即位した。 悼公9年(前482年)夏、晋と呉が黄池[1]において会盟した際、呉王夫差が晋に代わって盟主となり、覇者となった。 悼公12年(前479年)[2]夏、斉で三度主君殺しが起こり、簡公が殺され、平公が立った。この時、簡公を殺した田恒が宰相に就任した。 悼公14年(前477年)、薨去し、子の厲共公が立って秦公となった。 脚注 ↑ 現在の河南省新郷市封丘県。 ↑ 『史記』では悼公12年(前479年)であるが、『左伝』では哀公14年(前481年)としている。 参考資料 『春秋左氏伝』(哀公六年、十三年、十四年) 『史記』(秦本紀第五) 表話編歴秦の公(前490年 - 前477年)君 非子 前900-前858 秦侯 前857-前848 公伯 前847-前845 秦仲 前844-前822 荘公 前821-前778 公 襄公 前777-前766 文公 前765-前716 憲公 前715-前704 出子 前703-前698 武公 前697-前678 徳公 前677-前676 宣公 前675-前664 成公 前663-前660 穆公 前659-前621 康公 前620-前609 共公 前608-前604 桓公 前603-前577 景公 前576-前537 哀公 前536-前501 恵公 前500-前491 悼公 前490-前477 厲共公 前476-前443 躁公 前442-前429 懐公 前428-前425 霊公 前424-前415 簡公 前414-前400 恵公 前399-前387 出公 前386-前385 献公 前384-前362 孝公 前361-前338 王 恵文王 前337-前311 武王 前310-前307 昭襄王 前306-前251 孝文王 前250 荘襄王 前249-前247 政王 前246-前221 皇帝 始皇帝 前221-前210 二世皇帝 前209-前207 王 子嬰 前207 カテゴリ Related Articles