荘公 (秦) From Wikipedia, the free encyclopedia 荘公(そうこう、? - 紀元前778年)は、秦の襄公の父で秦仲の子。 秦仲の長子として生まれる。 秦仲23年(前822年)、秦仲が西戎[1]討伐で戦死すると、その後を継いで当主となった。 周の宣王は荘公ら秦仲の息子5人を召し出し、兵7千を与えてふたたび西戎討伐にあたらせた。荘公らは西戎を見事破ったため、宣王から父の旧封と大駱[2]が領有していた犬丘[3]の地を与えられ、西垂の大夫となった。 荘公は犬丘に拠ると3人の子をもうけた。 荘公44年(前778年)、荘公が卒去すると、次男の襄公が立って秦の当主となった。 子 世父 襄公 - 秦の初代君主 繆嬴 - 豊王の妻 脚注 ↑ 西の異民族。 ↑ 荘公から5代前の祖先。秦の創始者である非子の父。 ↑ 現在の陝西省宝鶏市扶風県。 参考資料 『史記』(秦本紀第五) 表話編歴秦の君(前821年 - 前778年)君 非子 前900-前858 秦侯 前857-前848 公伯 前847-前845 秦仲 前844-前822 荘公 前821-前778 公 襄公 前777-前766 文公 前765-前716 憲公 前715-前704 出子 前703-前698 武公 前697-前678 徳公 前677-前676 宣公 前675-前664 成公 前663-前660 穆公 前659-前621 康公 前620-前609 共公 前608-前604 桓公 前603-前577 景公 前576-前537 哀公 前536-前501 恵公 前500-前491 悼公 前490-前477 厲共公 前476-前443 躁公 前442-前429 懐公 前428-前425 霊公 前424-前415 簡公 前414-前400 恵公 前399-前387 出公 前386-前385 献公 前384-前362 孝公 前361-前338 王 恵文王 前337-前311 武王 前310-前307 昭襄王 前306-前251 孝文王 前250 荘襄王 前249-前247 政王 前246-前221 皇帝 始皇帝 前221-前210 二世皇帝 前209-前207 王 子嬰 前207 カテゴリ Related Articles