慕容友 From Wikipedia, the free encyclopedia 慕容 友[1](ぼよう ゆう、生年不詳 - 362年)は、五胡十六国時代の前燕の人物。昌黎郡棘城県の出身。前燕の燕王慕容皝の子。 348年11月[2]、燕王慕容皝が亡くなり、慕容儁が後を継いで、燕王に即位した。慕容友は左賢王に封じられた。 354年4月、范陽王に封じられた。 征東将軍・冀州刺史に任じられた。 362年6月[3]、信都で征東参軍劉抜に刺殺された。 家系 父 慕容皝 - 字は元真 兄弟 慕容儁 - 次男、字は宣英 慕容恪 - 四男、字は元恭 慕容垂 - 五男、字は道明 慕容宜 慕容桓 慕容遵 慕容徽 慕容龍 慕容納 慕容秀 慕容嶽 慕容徳 - 字は玄明 慕容黙 慕容僂 慕容宙 姉妹 慕容氏 - 代王拓跋什翼犍にとついだ 慕容氏 - 夫余王余玄にとついだ 新城公主 - 蘭審にとついだ 脚注 ↑ 『資治通鑑』では、慕容交と記されている。 ↑ 『十六国春秋』巻26では、349年1月と記されている。 ↑ 『十六国春秋』巻28では、362年7月と記されている。 参考文献 『資治通鑑』巻98、巻99、巻101 『十六国春秋』巻26 - 巻28 Related Articles