成松由紀夫
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来歴
熊本県八代市出身。日本大学に入り、相撲部で活動する。卒業後は角界入りを望み、三保ヶ関部屋に入門したが、幕下付け出しの資格を得られなかったため、前相撲からのスタートとなった。1994年1月場所で初土俵を踏み、翌3月場所で序ノ口に付き、7戦全勝で優勝した[3]。
序ノ口で優勝してから負け越し知らずで1995年1月場所で幕下に昇進した。しかし、この場所で入門以来初めて負け越し、翌場所三段目に落ちた。その後は三段目で取るようになり、幕下に上がることはあったが、幕下で勝ち越すことはなかった。1998年1月場所で引退した[4]。
引退後は帰郷し、飲食店を開いた。2005年、八代市議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選[5]、6期連続で当選を重ね、議長、副議長などを歴任した[2](所属会派は無所属→自民党)。
人物
元力士の経験を生かし、全国大会に出場する小中学生を育成するなど相撲振興にも尽力する[2]。
不祥事
- 2025年成松は20年以上市役所で職員に対し物品を販売し、その売り上げを市内の特定の中学校での相撲部の活動費に充てていた。これが八代市の政治倫理条例に違反するのではないかとされ、八代市議会では政治倫理審査会が開かれた。成松は審査会で「他の部活動でも物品販売の回覧があると市の職員から助言があったため行った」「購入は任意で、強制力はない」などと説明した[6]。八代市議会は成松に対し、議員辞職勧告決議案を提出、決議案は可決されたが、成松は辞職を拒否した[7]。
- 八代市役所新庁舎建設の談合疑惑をめぐって2026年4月に開かれた百条委員会で市職員が、成松が新庁舎の工事建設にあたり、「入札に特定の企業が参加しない(リストに入っていない)のはなぜか」などと市職員に対し質問するとともに、落札後も「発注額が足りない」と市職員に要望したなどと証言。職員はやり取りの中で、「市議(成松)から恫喝されるかもしれないとの恐怖を覚えた」と証言した。しかし、成松は関与を否定した[8][9][10]。 同年5月7日、警視庁と熊本県警の合同捜査本部は、準大手ゼネコンの前田建設工業が新庁舎建設工事を受注できるよう働きかける見返りに現金6000万円を受け取ったとして、あっせん収賄容疑で成松ら3人を逮捕した[11][12][13]。成松の逮捕を受け、同月15日、議員が逮捕や勾留された際、拘束が解かれるまでの期間の議員報酬の支給を停止する条例が市議会本会議で全会一致により可決、成立した。同日施行し、成松への報酬支給が停止された[14]。同月28日、熊本地検は成松をあっせん収賄罪で起訴した[15]。同日、6000万円の賄賂のうち2000万円を隠したとして、合同捜査本部は組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで成松ら3人を再逮捕し、新たに3人を逮捕した[16]。6月18日、熊本地検は成松ら4人を組織犯罪処罰法違反の罪で起訴した[17]。