姓は成。名は英。名に「玄」を冠するのは重玄派道士の慣習。字は子実。長安の道観「西華観」に居住したことから西華法師とも称される。
陝州(現河南省)の人。早く東海に隠棲していたが、貞観5年(632年)に召し出され上京。初唐の老子尊崇の只中で理論派道士として活躍し、仏僧と論争したり、『三皇経(中国語版)』の真偽鑑定に参加し真作としたり、玄奘も参加した『老子』サンスクリット語訳に参加したりした。しかし永徽年間(650年 - 655年)に何らかの罪状で郁州に流謫され、同地で著述に専念した。
その思想は郭象を継承しつつ、三論宗など仏教教学の影響も受けている。