成田賢
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 出生名 | 成田 慶一 |
|---|---|
| 別名 | 成田 賢一(旧芸名) |
| 生誕 | 1945年10月22日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 2018年11月13日(73歳没) |
| 学歴 | 北海道札幌北高等学校(中退) |
| ジャンル | アニメソング |
| 職業 |
音楽家 歌手 |
| 担当楽器 |
歌 ブルースハープ |
| 活動期間 |
1967年 - 1981年 2007年 - 2018年 |
| 共同作業者 |
ケーパーズ ダークホース ザ・ジャローズ ジ・アウトロウズ→ザ・ビーバーズ(1967年 - 1969年) エモーション(1969年 - 1970年) |
| 公式サイト | 成田賢オフィシャルホームページ EVER GREEN |
成田 賢(なりた けん、1945年10月22日[1] - 2018年11月13日[2][3])は、日本の音楽家、歌手。本名は成田 慶一[1][2]。
2歳の時に満洲から博多(福岡県前原市)へ引き揚げ[5]し、5歳の時に父が他界し母方の実家がある北海道札幌市に移る[1][2]。
北海道札幌北高等学校に入学し、バンド活動を始める[1]。ある時、ジャズ喫茶で歌っていたところを大阪のバンドから加入の誘いを受けたことがきっかけで、歌手になる道を選ぶ[1][6]。その後単身関西へと移り、「成田賢一」の芸名でバンド「ケーパーズ」に所属。ライブハウスでの音楽活動に加え吉本新喜劇の舞台で芝居も経験する[1][6]。
その後、東京のバンド「ダークホース」での活動を経て、札幌で石間秀樹と共に「ザ・ジャローズ」を結成し活動[1]。1966年に石間とともにジャローズを脱退し、二人で再び上京[1]。そののち芸名を「成田ライオン」と改め、バンド「ジ・アウトロウズ」の結成に参加する[1]。
1967年、アウトロウズが「ザ・ビーバーズ」と改名しキングレコードよりメジャーデビュー[1][2]。成田はリードボーカルとハーモニカを担当し、1969年の解散まで在籍。
ビーバーズの解散後、平井正之とともにバンド「エモーション」を結成し活動していたが、過労による肺結核を患い長期入院することとなる[1]。この入院中に山内テツからの誘いを受け、退院後まもなくセッションアルバム「フレンズ」に参加[1]。
1971年11月、ミッキー・カーチスによるプロデュースで初のソロアルバム「眠りからさめて」を発表[1]。シンガーソングライターとして活動する傍ら、スタジオシンガーとしてコマーシャルソングも手掛けるようになり、東ハト「キャラメルコーン」のCMを皮切りに230曲ほどコマーシャルソングを歌唱[1]。
1979年には日本コロムビア関係者からオファーを受け、テレビアニメ『サイボーグ009』のオープニングテーマ「誰がために」を歌唱[1]。翌年には特撮テレビドラマ『電子戦隊デンジマン』の主題歌を担当するなど、テレビ主題歌の依頼が増えてきた矢先にオートバイ事故で負傷[1][7]し、その後遺症のため1981年に一度歌手を引退[6]。
それ以降は長らく表舞台から遠ざかっていたが、2007年1月7日に開催されたイベント「ANIME JAPAN FES 2007 "冬の陣"」で歌手活動を再開[4][7][2]。同年、特撮テレビドラマ『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の挿入歌で26年ぶりの新曲を発表した。
2012年、映画『009 RE:CYBORG』のために『サイボーグ009』のオープニングテーマ「誰がために」の再録を発表[8][9]。