山内テツ
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来歴
本名は山内 哲夫(やまうち てつお)。1968年にマイク真木のザ・マイクスに加入して音楽活動を開始。ミッキーカーチス&サムライのメンバーとして海外遠征を経験。その後麻生レミのバック・バンドなどで活動。
1971年4月、初来日したフリーのポール・コゾフ(ギター)、サイモン・カーク(ドラム)とスタジオで出会い、意気投合して渡英。フリーはまもなく解散し、山内はコゾフ、カーク、ラビット[注釈 1](キーボード)と共に、コゾフ・カーク・テツ・ラビット名義で同名アルバム『コゾフ/カーク/テツ/ラビット』(1972年)を制作した。
1972年2月、フリーはコゾフ、カーク、ポール・ロジャース(ヴォーカル)、アンディ・フレイザー(ベース)のオリジナル・メンバーによって再結成されたが、まもなくフレイザーが脱退。後任に山内が迎えられた。フリーの再結成には薬物摂取癖に苦しむコゾフを救うという目的があったが、結局コゾフは活動に支障をきたしてしまい離脱。残ったロジャーズ、カーク、山内はラビットを迎えて、ロジャースがギタリストを兼任。彼等は7月にエマーソン・レイク・アンド・パーマーとのジョイント・コンサートで2度目の来日を果たし、山内もメンバーとして22日に後楽園球場、24日に阪神甲子園球場で第一部のステージに登壇して凱旋ライヴを行なった。同年10月、彼等は新作アルバムの制作を開始し、翌1973年1月にアルバム『ハートブレイカー』を発表。山内が作曲に参加したシングル「Wishing Well」[3]は全英チャート7位(Music Week)を記録。彼等はアメリカ・ツアーも行ったが、やがて活動が停滞して自然消滅的に解散した。
1973年の後半、ロニー・レーンの後任としてフェイセズに加入。作曲に参加したシングル「You Can Make Me Dance, Sing Or Anything 」[4]が1974年に全英チャート12位(Music Week)を記録。同年2月、フェイセズの初来日公演で2度目の凱旋ライヴを行なった。
渡英した当初、彼はイギリスのミュージシャンが所属するユニオンに加入できず活動を制限されそうになったが、音楽仲間とファンによる支援の声が問題解決につながった。
1975年にフェイセズが解散すると、帰国して2作目のソロ・アルバムをリリースした後に山内テツ&グッド・タイムズ・ロール・バンド[5]を結成しライヴ・アルバムを発表。その後はクリエイションに加入するなどの活動を行なった。
1985年にはフリー・ジャズのドラマー羽野昌二と共にOpe Bandを結成して、1990年まで活動した。その後も羽野と共に、ドイツの管楽器奏者ペーター・ブロッツマンのアルバム『デア・デヴィル』(1992年)、スイスのサックス奏者ヴェルナー・リュディ(Werner Lüdi)のアルバム『気』(1998年)に参加している。
2011年以降は、2012年1月6日に原宿クロコダイルにて石間秀機、ジョニー吉長らとステージに立った以外は表立った音楽活動を行なわず、フェイセズ再結成への参加やメディアへの取材対応も一切断り、家族と共に静かに幸せな生活を送る[6]。
2023年の9月29日に横浜で約10年ぶりにライヴを行なう。同年10月23日にはMEETS DUOとして、ドラマーの嶋田吉隆[7]と共に久しぶりに原宿クロコダイルのステージに立ち、翌2024年1月29日、6月6日、9月28日にも出演。活発な動きを見せた。
2025年にかけてもMEETS DUOとして精力的にステージに立ったが、6月30日のライヴ以降に体調を崩し、12月4日に心不全のため死去した[8]。没年79歳[1][2][9]。
ディスコグラフィ
ソロ・アルバム
連名アルバム
- コゾフ・カーク・テツ・ラビット
- 『コゾフ/カーク/テツ/ラビット』 - en:Kossoff Kirke Tetsu Rabbit (1972年)
- ペーター・ブロッツマン、羽野昌二、山内テツ、郷津晴彦
- 『デア・デヴィル』 - Dare Devil )(1992年)[13]
- 瀬川洋、山内テツ、成田賢
- 『フレンズ』 - Friends(1998年)[14]
フリー
- 『ハートブレイカー』 - Heartbreaker (1973年)
フェイセズ
- 『ロッド・スチュワート&フェイセズ=ライヴ』 - en:Coast to Coast: Overture and Beginners (1974年)
- 『スネーク・アンド・ラダー / ベスト・オブ・ザ・フェイセズ』 - Snakes And Ladders / The Best of Faces (1976年) ※山内が参加したシングル「You Can Make Me Dance, Sing Or Anything 」を初めて収録したアルバム