戸田敏子
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東京府出身。1943年(昭和18年)東京音楽学校(現:東京藝術大学)を総代[3]で卒業[4]。
1943年11月13日に東京音楽学校の奏楽堂で開催された第149回報国団出陣学徒壮行演奏会で、村野弘二の繰り上げ卒業時に発表されたオペラ『白狐』第二幕のアリア「こるはの獨唱」(作詞:岡倉天心 ピアノ伴奏:高橋美代子)を歌う。その後、同級生の畑中良輔とともに村野作品のレコード吹込みを行い、戸田は「こるはの獨唱」(ピアノ伴奏:高橋美代子)と、歌曲『重たげの夢』(作詞:三好達治 ピアノ伴奏:村野弘二 チェロ伴奏:井上みどり)を歌った。この音源は現存している[5]。
実質的な音楽活動は1954年(昭和29年)以降からみられる。オペラ歌手としては、ワーグナーの日本初演をはじめとする戦後のオペラ史を代表する数々の大作オペラに参加し[4]、重要な役割を果たした。
コンサートでは、宗教曲や『第九』など、第一線のオーケストラ、指揮者と共演を数多く務め、戦後の日本を代表するメゾソプラノ・アルト歌手として、幅広い分野の楽曲で活躍した[4]。
歌曲の分野でもドイツリート[4]や日本歌曲を得意としたが、広範な分野の曲を手掛けるとともに、多くのリサイタルを開催した。
テレビ出演も数多く、大衆的な人気と知名度も有していた。
1976年(昭和51年)以降は東京藝術大学教授として数多くの後進の育成に注力するとともに、楽界活動に専心した。元二期会理事長。死去する半年前まで二期会ドイツリート研究会において現役の講師を務めていた。
2015年(平成27年)9月24日、脳梗塞のため東京都内の病院で死去[6]。93歳没[1]。喪主は妹のあや子[7]。同年12月28日に門下生による「戸田敏子先生を偲ぶ会」が開催された[8]。
オペラ
- 1954年(昭和29年)4月5日 東京フィルハーモニー交響樂團第10(23)回定期演奏会 ラヴェル『子供と呪文』とんぼ(柴田敏子名義)[9]
- 1957年(昭和32年)12月 - 1958年1月 二期会 プッチーニ『蝶々夫人』スズキ[10]
- 1958年(昭和33年)11月 - 12月 文化庁芸術祭 ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』(指揮:ジャン・フルネ)ジュヌヴィエーヴ[11]
- 1959年(昭和34年)11月 東京芸術祭 オネゲル『火刑台上のジャンヌ・ダルク』(日本初演)カテリーヌ[12]
- 1959年(昭和34年)11月 青年グループ ニコライ『ウィンザーの陽気な女房たち』ライヒ夫人[13]
- 1960年(昭和35年)11月 東京芸術祭 ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(日本初演)マグダレーネ[14]
- 1962年(昭和37年)5月 - 6月 二期会 ブリテン『真夏の夜の夢』オベロン[15]
- 1967年(昭和42年)3月 - 4月 日生劇場・二期会提携公演 ヘンデル『ジュリアス・シーザー(ジューリオ・チェーザレ)』タイトル・ロール[16]
- 1969年(昭和44年)1月 - 2月 二期会 ワーグナー『ラインの黄金』(日本初演)エルダ[17]
- 1972年(昭和47年)9月 二期会 モーツァルト『フィガロの結婚』マルチェリーナ[18]
- 1975年(昭和50年)2月 二期会 ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』オルロフスキー侯[19]
- 1976年(昭和51年)6月 二期会 ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』クセーニャの乳母[20] など
主なコンサート
現認できたもののみを記した。
- 1955年(昭和30年)12月2日第1回東京大学OB合唱団演奏会の独唱(柴田敏子名義)[21][22]
- 1960年(昭和35年)12月20日 日比谷公会堂 21日 神奈川県立音楽堂 ヘンデル『メサイア』ソロ(指揮:渡辺暁雄 ソプラノ:関種子 アルト:戸田敏子 テノール:柴田睦陸 バス:中山悌一)[23]
- 1962年(昭和37年)12月4日、5日 東京交響楽団 ベートーヴェン『第九』(指揮:アレクサンダー・パウルミュラー ソプラノ:伊藤京子 アルト:戸田敏子 テノール:森敏孝 バリトン:中山悌一)[24]
- 1962年(昭和37年)12月22日 文京公会堂(現:文京シビックホール)立教大学『メサイア』ソロ(指揮:金子登 ソプラノ:三宅春恵 アルト:戸田敏子 テノール:中村健 バリトン:平野忠彦 チェンバロ:山田貢)[25]
- 1966年(昭和41年)東京文化会館大ホール NHK交響楽団 ベルリオーズ 劇的交響曲『ロメオとジュリエット』ソロ(指揮:若杉弘 アルト:戸田敏子 テノール:中村健 バス:高橋修一 東京混声合唱団 二期会合唱団 日本合唱協会)[26]
- 1967年(昭和42年)東京文化会館大ホール NHK交響楽団 モンテヴェルディ『聖母のための夕べの祈り』ソロ(指揮:ロヴロ・フォン・マタチッチ ソプラノ:片野坂栄子 中村邦子 アルト:戸田敏子 テノール:藤沼昭彦 中村健 バリトン:大橋国一 バス:高橋修一 合唱指揮:木下保 合唱:東京混声合唱団 二期会合唱団 日本合唱協会 東京少年少女合唱隊)[27]
- 1969年(昭和44年)12月18日 東京文化会館大ホール 日本フィルハーモニー交響楽団 ベートーヴェン『ミサ・ソレムニス』ソロ(指揮:小澤征爾 ソプラノ:伊藤京子 アルト:戸田敏子 テノール:藤沼昭彦 バリトン:芳野靖夫)[28]
- 1974年(昭和49年)12月26日、27日 新星日本交響楽団 ベートーヴェン『第九』(指揮:山田一雄 ソプラノ:中沢桂 アルト:戸田敏子 テノール:砂川稔 バリトン:栗林義信)[29]
- 1986年(昭和61年)12月22日 サントリーホール大ホール 立教大学『メサイア』ソロ(指揮:金子登 ソプラノ:中村邦子 アルト:戸田敏子 テノール:中村健 バリトン:平野忠彦 チェンバロ:山田貢)[30] など
主なリサイタル
音楽教育者として
門下生には伊原直子[33]、鮫島有美子[34]、松井康司[35]をはじめ、河野典子[36]、大橋ゆり[37]、小川明子[38]、九嶋香奈枝[39]、天羽明惠[40]、小林晴美[41]、中屋早紀子[42]、安井耕一[42]、人見共[43]、下村洋子[44]、石井美榮子[45]、福田靖子[46]、山内みどり[47]、菅家奈津子[48]、横尾佳子[49]、後藤ちしを[50]、中田順子[51]、小田切美香[52]、田中旭子[53]、渡邉芙美子[54]、酒井紀子[55]、上杉清仁[56]、鈴木千賀子[57]、神田沙央理[58]、みどり・オルトナー[59]、山田英津子[60]、山倉麻[61]、柏木博子[62]、桑田葉子[63]、白川部尚子[64]、日比野景[65]などがいる。
死去した年の2015年(平成27年)3月22日まで二期会ドイツリート研究会において現役の講師を務めており、北村さおり、佐藤信子、中谷美恵子、高橋節子、杉下友季子、稲葉美和子、二見忍、近藤悦子、横山一恵、谷真希、池野博子、佐藤信子、内藤明美、刀根敬子などが指導を受けていた[66]。
家族
受章歴
ディスコグラフィー
- 世界の音楽 4 ベートーベン 有坂愛彦(ほか)編(小学館 1966)交響曲第9番ニ短調『合唱』第4楽章 指揮:渡辺暁雄 日本フィルハーモニー交響楽団 独唱:斉藤江美子 戸田敏子 森敏孝 川村英司[70]
- CD2枚組 冬のハルツの旅 戸田敏子”歌の心” KING RECORDS
- CD 決定版 世界の愛唱歌 オムニバス ビクターエンタテインメント
- CD6枚組 世界の愛唱歌ベストコレクション オムニバス ビクターエンタテインメント