1978年1月14日、伊豆大島近海の地震によって狩野川の支流、持越川に面した鉱滓ダム(ほおずき沢鉱滓堆積場)が決壊。決壊は2度にわたり発生し、地震発生直後の1月14日には第一堰堤の上部14mが崩壊して約30万トンの鉱滓が流出、さらに翌15日には最上部の第二堰堤の上部4mが崩壊して約5000トンの鉱滓が流出した。鉱滓は狩野川に流れ込み、川の全域に沈殿して白濁化。下流のヤナには大量のアユなどの川魚が打ち上げられた[6]。
1978年1月19日、静岡県が持越橋付近に堆積した鉱滓の調査をしたところ、シアン化合物の含有量が3.4ppm(魚類に影響が出るのは約0.5ppm以上)と比較的高い値が出たが、重金属類はいずれも基準以内に収まった。また、同日までに狩野川から水道水の取水を行っていた市町村は他の水源に切り替える目途がついた[7]。