救世軍士官学校
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沿革

1895年(明治28年)にエドワード・ライト大佐らが日本開戦を行った直後から士官教育が始まり、1906年(明治39年)市谷に校舎を新築(のち渋谷に移転)[1]。1919年(大正8年)矢吹幸太郎少佐が日本人初の士官学校校長となった[2]。
1940年(昭和15年)に救世軍が官憲の弾圧を受けて「日本救世団」と改称した際に救世軍士官学校も救世学院、さらに東光学院と改称し、1943年(昭和18年)には日本東部神学校への統合により廃校となった[3]。
戦後まもなく日本の救世軍は活動を再開し、1947年(昭和22年)に戦後第一期の開校と士官候補生歓迎会を行った。1961年(昭和36年)に訓練期間をそれまでの1年から2年に延長し、各地の小隊での実地訓練の機会を増やす改革を行った[4]。
1963年(昭和38年)に士官学校は渋谷から現在地に移転し、献堂式で東京都知事(代理)と藤田たき(津田塾大学学長)から祝辞が寄せられた[5]。