敬和学園高等学校
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 敬和学園高等学校 | |
|---|---|
|
| |
北緯37度57分59.7秒 東経139度10分29.1秒 / 北緯37.966583度 東経139.174750度座標: 北緯37度57分59.7秒 東経139度10分29.1秒 / 北緯37.966583度 東経139.174750度 | |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人敬和学園 |
| 校訓 | 敬神愛人 |
| 設立年月日 | 1968年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 2学期制 |
| 学校コード | D115310000016 |
| 高校コード | 15512J |
| 所在地 |
〒950-3112 新潟県新潟市北区太夫浜325 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
沿革
- 1963年(昭和38年) - 新潟県の新潟開港100周年記念事業の一環として誘致を受け、新潟キリスト教主義高等学校設立準備委員会発足
- 1967年(昭和42年) - 学校法人敬和学園設立
- 1968年(昭和43年) - 日本基督教団立キリスト教学校として開校
- 1970年(昭和45年) - 全校礼拝会場を体育館に変更。第1回フェスティヴァル開催
- 1977年(昭和52年) - 創立10周年記念式典挙行
- 1982年(昭和57年) - 校舎増改修完成、新校舎を「黎明館」と命名
- 1987年(昭和62年) - 創立20周年記念式典挙行
- 1991年(平成3年) - 敬和学園大学開学
- 1995年(平成7年) - 阪神・淡路大震災の被災地にボランティアを派遣
- 1998年(平成10年) - チャペル完成、以後チャペルにおいて全校礼拝を行う。創立30周年記念式典挙行
- 2007年(平成19年) - 新ホール「友愛館」完成。創立40周年記念式典挙行
校歌
学園生活
- 全校礼拝
- 開校時から実施。当初は寮付属の食堂「旧ランチホール」で行っていたが、その後体育館で、1998年(平成11年)のチャペル竣工以降はチャペルで行っている。教職員または生徒有志が説教をする。毎週木曜日には献金がなされ、国内外の奉仕事業・団体に寄付している。
- 設置学科
- 普通科(全日制)
- 学園行事
- フェスティバル
- 毎年6月上旬に実施される敬和学園高校最大行事[注 1][注 2]。このために生徒たちは長い時間をかけて準備する。2日間に渡って行われ、1日目は文化祭、2日目は体育祭に該当する。2日目の終盤には全校生徒が参加するオリジナルのフォークダンスも披露される。
- 修学旅行に該当する。他の学校とは異なり全学年が参加することが特徴。かつて行先として韓国の戦争と女性の人権博物館やナヌムの家、安重根義士記念館などが検討された。
- 讃美歌発表会
- クリスマス礼拝と同時に行われる。全クラスが課題曲と自由曲を披露する。
- 卒業礼拝・卒業生を送る会
- 社会科特別授業
1年次12月に実施。これまでの講義内容は、原子力発電の問題・外国人労働者・薬害エイズ・戦争など
- スキー教室
1年次2月に実施。1974年から実施。1984年より必修化。
- 課外活動
- 部活動
- 体育系:アーチェリー部、ラグビー部、柔道部など。
- 文化系:器楽部、声楽部・男子声楽部「シュビドゥヴァーズ」など。
- 寮
- 全生徒の約4分の1が居住。労作と共に敬和教育の両輪を担う。
特色・校風・逸話
- 毎朝チャペルでは全校礼拝が行われるほか、聖書の授業が週に1回行われている。
- 毎週水曜日に、教職員と有志の生徒による祈祷会が行われている。
- 修学旅行はなく、代わりに各学年がそれぞれ活動する「修養会」が行われている。
- 2006年(平成18年)、バレー部がビーチバレージャパンジュニアで3位になっている。
- クラスの呼称は数字ではなく、「磐梯」、「弥彦」、「浅間」、「月山」、「富士」、「蔵王」など15クラス全てが日本各地の山の名称を用いている。かつては「若橅」、「尾瀬」、「六甲」クラスがあった。
| 1学年 | 2学年 | 3学年 | |
|---|---|---|---|
| 創立 - 1970年 | 飯豊、妙高、弥彦 | 浅間、穂高、白馬 | 富士、霧島、大雪 |
| 1971年 | 飯豊、妙高、苗場、弥彦 | ||
| 1972年 - 1976年 | 浅間、鳥海、穂高、白馬 | 富士、霧島、大雪、蔵王 | |
| 1976年 - 1978年 | 磐梯、飯豊、妙高、苗場、弥彦 | 浅間、鳥海、月山、穂高、白馬 | |
| 1978年 -1998年 | 富士、霧島、大雪、雲仙、蔵王 | ||
| 1998年 -1999年 | 磐梯、飯豊、妙高、苗場、若橅、弥彦 | 浅間、鳥海、月山、穂高、尾瀬、白馬 | |
| 1999年 - 2021年 | 富士、霧島、六甲、大雪、雲仙、蔵王 | ||
| 2022年 | 磐梯、飯豊、妙高、苗場、弥彦 | 浅間、鳥海、月山、穂高、白馬 | |
| 2023年 - | 富士、霧島、大雪、雲仙、蔵王 |
- 初代太田校長は、当初「寮」を『人間教育』の場であるということを踏まえて「塾」という名称にしようと検討していたが、周囲の反対に遭い頓挫した。
- 当初、太田校長主催で行われていた「海外教室」であったが、1969年(昭和44年)、太田校長の病気療養のため一時中断される。1982年(昭和57年)、ホームステイ形式で復活した。
- 地元のJ2プロサッカークラブ・アルビレックス新潟のホーム戦の際、器楽部JAZZHORNETSが不定期にビックスワンカナールステージ上で応援演奏をしていた。かつては器楽部JAZZHORNETSが演奏した時は、チームは一度も負けていないという不敗伝説があった。
