文公 (斉) From Wikipedia, the free encyclopedia 国名 斉在位期間 前815年 - 前804年都城 臨淄姓・諱 姜赤文公 姜赤 斉 第10代公国名 斉在位期間 前815年 - 前804年都城 臨淄姓・諱 姜赤諡号 文公生年 不詳没年 前804年父 厲公 文公(ぶんこう、? - 紀元前804年)は斉(姜斉)の第10代君主。厲公の子。 厲公9年(前816年)、厲公が暴虐だったため、斉の国人たちは胡公の子を立てようと、厲公を攻め殺した。しかしその際、胡公の子も戦死したので、斉の国人たちは厲公の子である赤(せき)を立てて斉君とした[1](以降は「文公」と表記する)。 文公は即位すると、父を殺した者70人を誅殺した[1]。 文公12年(前804年)、文公が薨去し、子の脱が立って斉君(成公)となった[1]。 脚注 1 2 3 『史記』「斉太公世家」 史料 ウィキソースに以下の原文があります。 『史記』 卷三十二 齊太公世家 第二 史記(繁体字中国語) 表話編歴姜斉の第10代公(前815年 - 前804年) 呂尚(太公望)前1021?-前1000 丁公前999-? 乙公 癸公 哀公?-前863 胡公前862-前860 献公前859-前851 武公前850-前825 厲公前824-前816 文公前815-前804 成公前803-前795 荘公贖前794-前731 釐公前730-前698 襄公前697-前686 公孫無知前685 桓公前685-前643 斉侯無詭前643 孝公前642-前633 昭公前632-前613 斉君舎前613 懿公前612-前609 恵公前608-前599 頃公前599-前582 霊公前581-前554 荘公光前553-前548 景公前547-前490 晏孺子荼前489 悼公前488-前485 簡公前484-前481 平公前480-前456 宣公前455-前405 康公前404-前379 Category:斉の君主 Related Articles