頃公 (斉)

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国名
在位期間 前599年 - 前582年
都城 臨淄
姓・諱 姜無野
頃公 姜無野
国名
在位期間 前599年 - 前582年
都城 臨淄
姓・諱 姜無野
諡号 頃公
生年 不詳
没年 紀元前582年
恵公
蕭同叔子
后妃 声孟子

頃公(けいこう)は、春秋時代の君主。桓公の孫。その治世の下では、大国と戦い大敗した後、懸命に国を建て直してから亡くなった。

即位6年間に頃公は、を攻めた事以外にはこれといって大きな事は行わなかった。しかし、この6年目に事件が起きた。晋から使者が来た。その使者の正使は、次卿の郤克という者で、正卿の士会に次ぐ実力者であった。この郤克は障害を持っており歩き方がおかしく、容貌も怪異であった。この事を仄聞した頃公は、母の蕭同叔子にこの事を伝えると、見たい、と蕭同叔子は言い出した。郤克が実際来た際、几帳ごしにその様子を見ていた蕭同叔子は大笑いしてしまい、郤克は当然激怒した。この事が原因で晋との関係は険悪になった。その後、苗賁皇の取りはからいで両国は一度は和睦したが、郤克の怒りは消えなかった。

鞍の戦い

和平

戦後

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