斎部浜成 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代初期生誕 不明死没 不明官位 正六位上・民部少丞 凡例斎部浜成時代 平安時代初期生誕 不明死没 不明官位 正六位上・民部少丞主君 桓武天皇氏族 忌部宿禰→斎部宿禰テンプレートを表示 斎部 浜成(いんべ の はまなり)は、平安時代初期の官人。姓は忌部宿禰のち斎部宿禰。官位は正六位上・民部少丞。 平安京右京の人。延暦22年(803年)3月に忌部宿禰姓から斎部宿禰姓に改姓したが、凶事を連想させる「忌」の字を忌避したためか(この時の官位は正六位上・民部少丞)。また同月には第18次遣唐使の派遣に先立って、唐の情報を得るために遣新羅使に任命され、7月に新羅に渡っている。 息子ともされる斎部広成が著した『古語拾遺』の識語に「浜成が作る所の天書は、古事記に非ず。別書なり」と記載されており[1]、浜成を『天書』の撰述者としている。 官歴 『日本後紀』による。 時期不詳:正六位上。民部少丞 延暦22年(803年)3月14日:忌部宿禰姓から斎部宿禰姓に改姓。3月16日:遣新羅使 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『古語拾遺』宮内庁書陵部所蔵の明応本 参考文献 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2023年3月) 『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社、1994年 森田悌『日本後紀 (上)』講談社〈講談社学術文庫〉、2006年 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年 外部リンク 『斎部浜成』 - コトバンク Related Articles