新井辰也

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カタカナ アライ タツヤ
ラテン文字 ARAI Tatsuya
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-01-14) 1988年1月14日(37歳)
新井 辰也
名前
カタカナ アライ タツヤ
ラテン文字 ARAI Tatsuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-01-14) 1988年1月14日(37歳)
出身地 東京都八王子市
身長 188cm
体重 80kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
2003-2005 日本の旗 日野台高校
2006-2009 日本の旗 中央大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2012 日本の旗 名古屋グランパス 0 (0)
2012-2014 日本の旗 FC岐阜 32 (3)
通算 32 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

新井 辰也(あらい たつや、1988年1月14日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)

保育園でサッカーを始めてから[1]、代表や全国大会とは無縁であった。しかし都立日野台高校時代の2005年国体の東京都選抜に選出された。これをきっかけに大学でもサッカーを続けることを決め、一般入試で中央大学商学部へ進学した。なお、国体後には名古屋グランパスから練習参加の打診もあったが、受験勉強で2カ月ほど体を動かしていないことを理由に断っている[1]。3年次に全日本大学サッカー選手権大会優勝に貢献。2008年横浜FC2009年川崎フロンターレ大分トリニータの練習に参加した[2]

2010年、名古屋グランパスへ入団[3]。4月、左第5中足骨基部骨折第五中足骨疲労骨折で[4] 半年間をリハビリに費やしたが、11月17日の天皇杯4回戦アルビレックス新潟戦、ハーフタイム途中出場で公式戦デビューした。

2011年1月から2月にかけて約40日間、田口泰士と共にスペインレアル・ソシエダへ短期留学[5]。5月のACL決勝トーナメント1回戦の水原三星ブルーウィングス戦では事前に怪我で相次いで離脱した増川隆洋千代反田充に代わり、スタメンに抜擢された。

2012年3月、練習試合で左第五中足骨骨折の怪我を負った[6]。チームに合流した矢先の7月、FC岐阜期限付き移籍した[7]。7月29日の第26節ガイナーレ鳥取戦でJリーグ初出場を果たしたものの、移籍後3試合目となる8月12日の第28節ザスパ草津戦で左第五中足骨を再骨折し、長期離脱を強いられた。

2013年より、FC岐阜へ完全移籍した[8]4月14日、第8節の松本山雅FC戦では、後半途中出場で2得点を挙げてチームのシーズン初勝利に大きく貢献。センターバックに怪我人が出た夏場以降は、途中加入の木谷公亮とコンビを組んでレギュラーに定着した。

2014年はルーキーの阿部正紀にポジションを奪われ試合出場が無くなる。また9月にはトレーニングマッチの最中に右膝前十字靭帯断裂、右膝外側半月板損傷の大怪我を負った[9]。12月19日、契約満了で岐阜を退団[10]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010名古屋26J100001010
201100001111
201200--00
岐阜34J230-0030
201320293-10303
201400-0000
通算日本J1 00002121
日本J2 323-10333
総通算 3230031354
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2011名古屋2610
201200
通算AFC 10

指導歴

タイトル

チーム

中央大学
名古屋グランパス

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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