ガイナーレ鳥取

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ガイナーレ鳥取(ガイナーレとっとり、Gainare Tottori)は、日本鳥取市米子市倉吉市境港市を中心とする鳥取県全県にホームを置く[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

原語表記 ガイナーレ鳥取
呼称 ガイナーレ鳥取
クラブカラー    ライトグリーン[1]
創設年 1983年
概要 ガイナーレ鳥取, 原語表記 ...
ガイナーレ鳥取
原語表記 ガイナーレ鳥取
呼称 ガイナーレ鳥取
クラブカラー    ライトグリーン[1]
創設年 1983年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J3リーグ
クラブライセンス J2
ホームタウン 鳥取市[1]米子市[1]倉吉市[1]境港市[1]を中心とする鳥取県全県[1]
ホームスタジアム
Axisバードスタジアム
収容人数 16,033
運営法人 株式会社SC鳥取
代表者

日本の旗 塚野真樹

日本の旗 岡野雅行
監督 日本の旗 林健太郎
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
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本社所在地 683-0824
鳥取県米子市安倍1-1[1]
本店所在地 680-0903
鳥取県鳥取市南隈418
設立 2006年12月28日[2]
概要 種類, 本社所在地 ...
株式会社SC鳥取
SC TOTTORI Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 683-0824
鳥取県米子市安倍1-1[1]
本店所在地 680-0903
鳥取県鳥取市南隈418
設立 2006年12月28日[2]
業種 サービス業
法人番号 1270001004419 ウィキデータを編集
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 代表取締役社長 日本の旗 塚野真樹[1]
資本金 2億1,200万円 (2022年1月期)[3]
売上高 3億8,100万円(2022年1月期)[3]
営業利益 ▲6,600万円(2022年1月期)[3]
経常利益 ▲6,900万円(2022年1月期)[3]
純利益 ▲8,200万円(2022年1月期)[3]
純資産 ▲2億4,100万円(2022年1月期)[3]
総資産 2億9,700万円(2022年1月期)[3]
決算期 1月期
外部リンク https://www.gainare.co.jp/
特記事項:本社はクラブハウスの所在地を、本店は東部事務所の所在地を示す。
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概要

1983年に創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身となり[1]1989年SC鳥取へ改称[1]2007年にガイナーレ鳥取としてプロクラブ化[1]2011年よりJリーグへ加盟している[1]

山陰地方で初のプロサッカークラブであり、プロスポーツクラブとしても山陰初である。

ホームタウンについて、SC鳥取時代は米子市であったが、ガイナーレ鳥取としてプロ化した2007年から鳥取県全域へ拡大している[1]。なお、ユースおよびジュニアユースは米子市に拠点を置いている。

チーム名の「ガイナーレ(GAINARE)」は、前身のSC鳥取時代にチーム愛称として公募の上で決まったもので、島根県の東部から鳥取県の西部にかけての方言雲伯方言)で「おおきい」という意味の「がいな」[1]とイタリア語の「SPERARE(願う)」から付けられた。

ホームスタジアムはAxisバードスタジアム、メインの練習場はコカコーラウエストスポーツパークである。詳細は下記#スタジアム項を参照。

2011年3月4日、『とっとりふるさと大使』に委嘱[4][5]

歴史

前史

1983年に創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身となり[1]1989年SC鳥取と改称した[1]
2000年中国サッカーリーグで初優勝し、2001年より日本フットボールリーグへ昇格する[1]
2006年12月に運営会社となる株式会社SC鳥取を設立。2007年2月にガイナーレ鳥取へ改称し[1]、同月中にJリーグ準加盟が承認された[1]
これを機に、ホームタウンを公式には上掲の4市を中心とする鳥取県全域と定めた。なお、Jリーグの開催基準に合わせるため大半の試合を鳥取市営サッカー場(バードスタジアム。現在のAxisバードスタジアム)で開催することとなった。

2007年 - 2010年 (JFL)

2007年

監督に元U-20日本代表監督の水口洋次が、ヘッドコーチにタイ代表元監督のヴィタヤ・ラオハクルが就任。開幕より成績が伸びず8月に水口が辞任し、ヴィタヤが監督に就任した。就任2試合目からリーグ戦6試合無敗であったが、終盤に3連敗を喫した。JFL昇格後最多の勝ち点を獲得したものの、14位に終わった。
オフには引退、レンタル期間満了も含め13人が退団した。天皇杯では1回戦で佐賀大学に勝利したが、2回戦では鹿屋体育大学に敗れた。

2008年

2008年、元日本代表小村徳男など元J1クラブ所属選手や、コン・ハメドアドゥール・ラッソなどヴィタヤのタイルートを活用した外国人選手など、期限付き移籍も含め新たに選手をシーズン開幕時点で15人獲得。
SC鳥取時代を含めて、JFL昇格後初の開幕戦勝利を収めたが、以降は怪我人が多く成績も低迷、一時は4位との最大勝点差が14となった。
その後、怪我で離脱していた選手が復帰すると共にチームも調子を上げ、後期16節終了時点で4位との勝点差を2まで縮めたが、後期17節(リーグ最終戦)の流通経済大学戦で敗北し、JFL参入以降では最高順位ながら5位に終わり、J2昇格はならなかった。
リーグ終了後に小村は引退した。

2009年

チームスローガン:強小元年
2009年、GKシュナイダー潤之介やDF柴村直弥、FW阿部祐大朗やFW梅田直哉ら計7選手を獲得。さらに前年から期限付き移籍で加入していたMF鈴木健児とFW小澤竜己ら5選手を完全移籍で獲得した。
前期は開幕3連勝を含む8戦無敗(6勝2分)、勝ち点30で2位と好位置につけたが、シーズン中盤に決定力不足に陥り4連敗を喫した。後期に入り、元日本代表のFW岡野雅行、MF奥山泰裕やDF橋内優也を獲得したが、前述の4連敗以降から不振に陥ったチームの立て直しまでには至らず、リーグ最多の65得点およびリーグ最多得失点差の+28でありながら、2年連続5位に終わった。
リーグ終了後に3選手が戦力外、レンタル移籍で獲得した3選手が契約満了で退団。シュナイダーは横浜FCへ移籍した。
なお、天皇杯全日本サッカー選手権大会は2回戦でコンサドーレ札幌に敗北。

2010年

チームスローガン:強小弐年『闘士』
2010年、ヴィタヤが2009年12月にタイ帰省中に起こした交通事故による怪我の回復が進まず、監督を辞任し、後任に前東京V監督の松田岳夫が就任。また、ヘッドコーチに2008年にヘッドコーチを務めた中村有が東京Vより復帰、元日本代表の服部年宏美尾敦喜多靖小針清允内間安路など8人が加入した。
シーズンは、服部を中心とした守備陣が機能したことで前年の課題だった守備が安定し、開幕14戦無敗(10勝4分)で前期を首位で折り返した。後期に入り、大分からFW住田貴彦(米子市出身)をレンタル移籍で獲得。
10月3日アルテ高崎戦(後期10節)に勝利し、J2参入条件の1つであるJFL4位以内が確定(この高崎戦でJFLチーム通算300試合目、さらにJFLチーム通算100勝を達成)。10月24日栃木ウーヴァFC(後期12節)を破り、JFL史上最速となる5試合を残してリーグ初優勝を決めた。結局、JFL記録となるホーム戦年間17試合無敗(16勝1分)、ホーム戦は14連勝を達成した。
11月29日、Jリーグ臨時理事会で鳥取のJリーグ入会が全会一致で承認され、2011年シーズンからのJ2参入が正式に決定した[6]
なお、天皇杯は初戦(2回戦)で徳島に敗北。

2011年 - 2013年(J2)

2011年

補強は、戸川健太鈴木伸貴多田大介丁東浩(レンタル移籍)などとJリーグ経験者を中心に補強。住田貴彦のレンタル移籍期間も延長した。
3月6日、Jリーグ加盟後の初戦は徳島に敗北。東日本大震災で中断し、再開した4月24日の北九州戦に勝利し、Jリーグ加盟後初勝利を飾り、6月5日の京都戦でホーム初勝利を挙げた。
夏場に5連敗を喫するなど一時は調子を落としたが、天皇杯2回戦の熊本戦に勝利したり[注 1]、リーグ戦ではJ2上位の札幌に競り勝った。なお、シーズン成績は8勝7分23敗の19位。
シーズン終了後、松田が監督を退任。また、3選手が現役引退。服部年宏梅田直哉多田大介FC岐阜へ移籍した(服部・梅田は完全移籍。多田は期限付き移籍)。

2012年

チームスローガン:強小四年 信頼
新監督に松本山雅FCHonda FCFC琉球で監督を務めた吉澤英生が就任。なお吉澤は初めてJリーグクラブで指揮を執る。
補強は柳楽智和紀氏隆秀(レンタル移籍)を補強、前年まで大分からのレンタル移籍だった住田貴彦が完全移籍となり、昨シーズン特別指定選手だった杉本拓也が加入した。また、外国籍選手としてコスタリカから同国代表歴も持つケニー・クニンガムロイ・スミスの2名を獲得した。シーズン途中の7月には千葉から久保裕一藤本修司の両名をレンタル移籍にて獲得した。
第4節で京都に勝利しホーム初勝利を挙げたものの、開幕から10試合で勝利はその1勝のみで、第9節、第10節には最下位に沈む。第11節から2連勝して最下位を脱し、それ以降最下位になることはなかったものの、第15節から6連敗、さらに前半戦最終戦ザスパ草津戦での勝利を挟んで、後半戦も4連敗スタートと、シーズン通して下位に沈み、第34節以降は20位もしくは21位に低迷、シーズン終了時の総失点が78(次に多い福岡が68)、得失点差-45(次に多い町田が-33)とJ2最悪だったことも影響し、富山岐阜・町田と最終節までJ2残留争いを繰り広げるが、後半戦にホームゲームで3連勝するなどホームで勝ち点を稼ぎ最終的には11勝5分26敗 勝ち点38の20位で残留に成功してシーズンを終えた。
シーズン終了後、吉澤監督が退任(翌年からヘッドコーチに就任)。また今期チームトップの4得点を上げた美尾敦小井手翔太倉吉市出身の福井理人など引退・レンタル期間満了を含めて14人の選手と来期の契約を結ばない事を発表した。
12月7日、2008年に選手としてチームに在籍した小村徳男が2013年シーズンから監督に就任することが発表された[7]

2013年

チームスローガン:強小五年 全力前進
鳥取OBの小村徳男が監督に就任する[7]。前監督の吉澤がヘッドコーチとなり、強化部長に前田浩二が就任した。
柳川雅樹岡本達也辻正男永里源気が完全移籍で、嘉味田隼横竹翔田中雄大武田英二郎廣田隆治がレンタル移籍で、大卒新人選手として井上亮太が加入し、久保裕一がレンタル移籍期間延長で残留した。外国人選手は、ブラジル出身のラファエル(5月退団)、レジナルド(5月退団)、ブルーノ(7月退団)と韓国出身の林東賢が加入した。
5月には林堂眞鮫島晃太がレンタル移籍で、7月にはブラジル出身のドゥドゥがレンタル移籍、安藤由翔(2014年入団内定)が特別指定選手として、8月にはアメリカ出身のオスカーが完全移籍、鳥取市(旧・河原町)出身の谷尾昂也がレンタル移籍で加入した。
開幕から5戦は2勝3分の2位と好位置につけていたが、第4節から第15節まで12試合連続勝ちなし(6分6敗)で19位に順位を落とす。
第16節で当時首位の神戸に勝ち連続勝ちなしをストップさせ、第17節も勝ち連勝したが、直後に4連敗し、前半戦最後の第21節終了時点で、20位群馬と勝ち点では並ぶもののJFLとの入れ替え戦の可能性がある21位に順位を落とした。
第23節から6試合連続勝ちなしとなった第28節終了後の8月12日、成績不振により監督の小村を解任し、前田強化部長が兼任で監督に就任した。
前田就任後もリーグ、天皇杯いずれも公式戦での勝利を挙げることが出来ず、9月22日、勝点で並び最下位だった岐阜との直接対決に敗れ、リーグ戦連続試合勝ちなしが12試合に延びた第34節終了時にはついに最下位に転落、その後も勝ちに恵まれず、41節の北九州戦に敗れたことでシーズン最下位が決定した。
シーズン最終戦となるホーム千葉戦でも2点をリードしながら追いつかれ引き分け、結局、前田監督就任後レギュラーシーズン終了までの公式戦13試合でも4分9敗に終わり、7月3日の第22節アウェー山形戦に勝利して以降公式戦で全く勝てないまま、2013年度JFL2位のカマタマーレ讃岐とのJ2・JFL入れ替え戦に臨むも[8]、1分1敗となり、Jリーグのクラブとしては史上初のJ3降格となった。なお、ガイナーレ鳥取はこれ以降J2復帰を果たしていない。
入れ替え戦終了後、前田浩二が監督と強化部長を辞任した[9]
ピッチ外では、2月24日に米子市のチュウブYAJINスタジアム(チュスタ)で行われたトレーニングマッチ(対ガンバ大阪)において関係機関の許可を得ないまま有償シャトルバスを運行したとして、道路運送法違反の嫌疑で書類送検された(後に起訴猶予処分[10]
また、12月3日には6月19日にクラブ職員が酒気帯び運転をしたとして、鳥取県の公安委員会から10月31日に運転免許取り消しを含む行政処分を受けたことを受け、クラブ運営会社に対し、けん責(始末書提出)および制裁金100万円の制裁処分が下された[11]

2014年 - (J3)

2014年

チームスローガン:
松波正信が監督に就任[12]岡野雅行が現役を引退し、ゼネラルマネージャーに就任した[13]
補強面は林佳祐福王忠世倉貫一毅藤牧祥吾が完全移籍で、稲森克尚が期限付き移籍で、大卒新人選手として安藤由翔(前年特別指定選手)、山本大稀馬渡和彰中山仁斗柿木亮介小石哲也が加入。前年から期限付き移籍で加入していた横竹翔谷尾昂也廣田隆治が完全移籍で加入した。シーズン途中にはブラジル出身のフェルナンジーニョハマゾッチが完全移籍で、安田晃大谷村憲一 がレンタル移籍で加入した。
後述するが、J3降格の影響による収入減で、債務超過に陥る可能性もあったため、J2ライセンスの申請に際して、新規スポンサーの獲得と収入増を求めた「停止条件付き交付」が行われた(のちに、停止条件充足により正式なライセンスを取得)。しかし11月2日の第30節・ツエーゲン金沢戦で敗れた事により、J3残留となる3位以下が確定、最終順位は4位となった。
シーズン終了後には小針清允倉貫一毅岡本達也が現役引退を表明した。ガイナーレに6年在籍した森英次郎、31試合に出場した戸川健太、米子市出身の住田貴彦など引退・レンタル期間満了を含めて16選手が退団した。
天皇杯では1回戦で多度津FCに勝利したが、2回戦で京都サンガF.C.に敗れた。
2015年
チームスローガン:強小七年 奮迅
松波体制2年目。川鍋良祐畑田真輝野崎雅也を完全移籍で、森川泰臣田中智大が期限付き移籍加入。大卒新人6選手、高卒新人2選手が加入、U-18から2選手が昇格。計15選手が加入した。前年から期限付き移籍で加入していた稲森克尚が完全移籍で加入した。U-18の3選手を2種登録
4月24日、債務超過によりJ2ライセンス申請を断念(詳細は#財政問題を参照)。これにより、リーグ戦の成績に関わらず翌年のJ3残留が確定となった。リーグ戦は14勝8分14敗の6位で終えた。
シーズン終了後、松波が監督を退任。小石哲也柿木亮介など5選手と契約非更新、石輪聖人が退団、森川泰臣と田中智大が期限付き移籍期間満了、馬渡和彰金沢へ、畑田真輝が秋田へ、山本大稀栃木へ、安藤由翔中山仁斗山口へそれぞれ移籍し計13選手が退団した。
天皇杯では1回戦でファジアーノ岡山FCに延長の末勝利したが、2回戦でロアッソ熊本に敗れた。
2016年
チームスローガン:強小八年 闘昇
新監督に前水戸監督の柱谷哲二が就任。片岡洋介前田俊介中島崇典黒津勝小谷野顕治タム・シイアンツンが完全移籍で、池ヶ谷颯斗宮市剛が期限付き移籍で加入した。大卒新人3選手、高卒新人1選手が加入、U-18から2選手が昇格。計14選手が加入した。シーズン途中にはブラジル出身のバルチ・ジュニオールが完全移籍で、福島春樹が期限付き移籍で加入した。
昨年は債務超過により断念したJ2ライセンスを申請し、9月にJ2ライセンスが2年ぶりに交付された。しかし序盤から低迷し、早い段階で鳥取のJ2復帰の可能性が消滅した。最終順位は8勝6分16敗で15位に終わった。
シーズン中の11月1日、柱谷監督との来年度の契約を交わさないことを発表し退任が決定した。シーズン終了後には今季から加入した中島崇典・バルチ・ジュニオール、のちに引退を発表した小谷野顕治・川鍋良祐など7選手と契約非更新、福島春樹・宮市剛は期限付き移籍期間満了、フェルナンジーニョはブラジルへ帰国し、計10選手が退団した。
天皇杯では1回戦でファジアーノ岡山ネクストに勝利したが、2回戦で大宮アルディージャに敗れた。
2017年
チームスローガン:強小九年 10SPIRITS
新監督に前京都U-18監督の森岡隆三が就任。
原口拓人石神幸征内山裕貴が完全移籍で、沼大希岩元颯オリビエが期限付き移籍で加入した。期限付き移籍だった池ヶ谷颯斗が完全移籍に移行、大卒新人3選手が加入、U-18から1選手が昇格し計9選手が加入した。
開幕から3試合を2勝1分と好スタートを切ったが、第8節から4連敗を含む10試合未勝利でJ3リーグが約1カ月の休止期間に入る直前の第18節、盛岡戦で約2カ月半ぶりの勝利を挙げるも、結局それがシーズン公式戦最後の勝利となり、中断明けからは7連敗を含む4分11敗、15戦連続未勝利のまま終了、4勝9分19敗の勝点21、16位のガンバ大阪U-23に勝点差5をつけられJ3リーグ最下位となった。また、最終節のホームで対戦した秋田に優勝を決められ、3シーズン連続で最終節のホームゲーム対戦相手に目の前で優勝を決められるという不名誉な記録ともなった。
10月29日のFC琉球戦は、台風22号の接近による荒天もあり入場者数が573人とJFL時代も含めての最少観客数となるなど営業面でも振るわなかった。
シーズン終了後、杉本拓也・前田俊介など8選手と契約非更新、片岡洋介・石神幸征・岩元颯オリビエが現役を引退、沼大希が期限付き移籍期間満了、河合秀人長野へ、秋山貴嗣藤枝へそれぞれ移籍し計14選手が退団した。
天皇杯では、1回戦で鹿児島ユナイテッドFCに敗れた。
2018年
チームスローガン:強小十年 10SPIRITS
森岡体制2年目。北野貴之奥田裕貴可児壮隆上松瑛星野有亮松本翔が完全移籍で、甲斐健太郎が期限付き移籍で加入。大卒新人1選手が加入、U-18から世瀬啓人那須甚有が昇格。フェルナンジーニョが1年ぶりに復帰、ブラジル・サントスFCからレオナルドヴィートル・ガブリエルが加入し、計13選手が加入する一方で、磯江太勢松江シティFCへ期限付き移籍。シーズン途中には西山雄介魚里直哉が完全移籍で、仙石廉が期限付き移籍で加入した。
開幕から6戦無敗(4勝2敗)で、第3節と第5節から第7節まで首位に立ったものの、第7節から3連敗を含む5戦未勝利(1分4敗)で一気に10位にまで順位を落とす。続く第12節秋田戦では7試合ぶりに勝利し7位に浮上したものの、その直後の6月4日、森岡の解任と須藤大輔の監督就任が発表された[14]
監督交代後は連勝し首位の鹿児島と勝点差3の暫定3位に浮上するが、夏のリーグ戦休止期間前の時点では首位琉球に勝点差8の5位となる。
リーグ戦再開後は4位から6位の間を推移していたが、最終6節を再び4勝2分の無敗で終えたため最終節終了時に3位に浮上してシーズンを終えた。また、レオナルドがリーグで24得点を挙げJ3得点王のタイトルを獲得した。
シーズン終了後、須藤が家庭の事情を理由に監督を退任、奥田裕貴・U-18出身の畑中槙人など5選手と契約非更新、仙石廉(後に引退)・甲斐健太郎が期限付き移籍期間満了、期限付き移籍中の磯江太勢が松江へ完全移籍、加藤潤也群馬へ、レオナルドが新潟へそれぞれ移籍し、計10選手が退団した。
天皇杯では1回戦でヴェルスパ大分と対戦して延長でも決着がつかず、PK戦にもつれこみ4-2で勝利する。しかし、2回戦ではJ1サンフレッチェ広島に0-2で敗れた。
2019年
チームスローガン:強小十一年 10SPIRITS
新監督に前鳥取U-18監督の髙木理己が就任。
三沢直人福村貴幸大屋翼が完全移籍で、市川暉記が期限付き移籍で加入。ブラジル出身のユリ(期限付き移籍)とアドリエルが加入し、計6選手が加入した。シーズン途中には鈴木国友高畑奎汰が期限付き移籍で加入。
開幕戦でYS横浜に勝利した後、6試合勝ちなし(3分3敗)で第6節終了時には17位まで順位を下げ、その後もしばらく2桁順位で推移していたが、第14節から5連勝を含む6戦負けなしで第19節には2位と勝点差3の5位まで浮上した。第20節から中断期間を挟み5試合で1勝1分3敗、順位こそ6位ながら2位との勝点差を11まで広げられる。第25節から6戦負けなし(4勝2分)と再度追い上げを見せたものの、最終4節を1分3敗と失速し最終的に14勝8分12敗、勝点50の7位に終わった。
天皇杯では1回戦で環太平洋大学にPK戦で勝利したが、2回戦でJ1の大分トリニータに敗れた。
シーズン終了後、9選手と契約非更新、市川暉記・鈴木国友・高畑奎汰・ユリが期限付き移籍期間満了、福村貴幸東京Vへ、林誠道今治へそれぞれ移籍し、計15選手が退団した。
2020年
チームスローガン:情熱2020
髙木体制2年目。田尻健福留健吾大山町出身)、藤原拓也小牧成亘が完全移籍で、坂井大将新井光大城蛍ハモンが期限付き移籍で加入。大卒新人として糸原紘史郎倉吉市出身)、安藤一哉新井泰貴大久保優が、高卒新人として田口裕也が加入、U-18から坂本敬が昇格。ブラジル出身のジョアンデルソンが加入し、計15選手が加入する一方で那須甚有松江シティFCへ期限付き移籍。10月には谷尾昂也が6年ぶりに復帰した。
第3節の勝利で3位浮上した後3位を維持し、第10節終了時点でJ2昇格圏の2位に浮上したものの、続く第11節に再び3位に落ち、その後第14節から8試合で2勝6敗と足踏みし7位まで降格、2位との勝点差も8まで広がる。その後第26節からの3連勝で再び3位に浮上、2位との勝点差も2まで縮めたが、直後の連敗で差を広げられ、第32節、既に優勝を決めている秋田に引き分け、2位長野が勝利し勝点差が7となり、2試合を残してJ2昇格圏となる2位に入る可能性が完全消滅となり、最終的に17勝6分11敗の5位となった。
シーズン終了後、計6年在籍したフェルナンジーニョが現役引退、4選手と契約非更新、上松瑛・ジョアンデルソンが退団、ハモン・坂井大将・大城蛍が期限付き移籍期間満了、期限付き移籍中の那須甚有が松江へ完全移籍、三沢直人京都へ、井上黎生人岡山へそれぞれ移籍し、計13選手が退団した。
2021年
チームスローガン:強翔
髙木体制3年目。鈴木順也谷口智紀妹尾直哉清永丈瑠永島悠史石川大地が完全移籍で、杉井颯原田虹輝秋山大地横川旦陽が期限付き移籍で加入。大卒新人として小山珠里が、高卒新人として石田侑資が加入、計12選手が加入。9月には小田垣旋が加入した。
開幕7試合で2勝とスタートダッシュに失敗、5月4日付けで髙木の監督解任が発表された。5月10日に前鹿児島監督の金鍾成が監督に就任した。監督交代後の公式戦初戦となる天皇杯1回戦ではFC徳島戦に4-1で快勝したが、2回戦でJ1のセレッソ大阪に敗れた。J3リーグ戦では前半戦最後の第15節藤枝MYFC戦で監督交代後初勝利を挙げるまで6試合で1分5敗と低迷し、長野にホームで1-8の大敗を喫した第11節終了時点で最下位に転落。後半戦に入り第18、20節に昇格争い中の岐阜富山両チームにいずれもアウェーで勝利し最下位こそ脱したものの、両試合以外全敗で順位は13位より上には上がらず第22節(21試合)終了時点で7試合を残し、鳥取のJ2昇格の可能性が完全に消滅。最終的に9勝2分17敗、勝点29の12位に終わった。
シーズン終了後、可児壮隆など期限付き移籍期間満了を含めて9選手が退団した。
2022年
チームスローガン:走ぜる(はぜる)
金体制2年目。知久航介増谷幸祐田村亮介が完全移籍で、大卒新人として馬場琢未長井響文仁柱小澤秀充丸山壮大小林陸玖が、高卒新人として髙尾流星が加入。計10選手が加入した。3月には澤上竜二が期限付き移籍で加入した。
前半戦は開幕10試合で1勝1分8敗、17試合終了時点で3勝・17位と不振だったものの、後半戦では9勝を挙げ最終結果は12勝5分17敗の勝点41の12位、総得点はリーグ3位タイとなる55得点を挙げた。
天皇杯では1回戦でヴェルスパ大分に0-4で敗れた。アマチュアチームに敗れたのは2008年大会の讃岐(当時四国リーグ所属)以来14年ぶりとなる。
シーズン終了後、新井泰貴魚里直哉藤枝へ、田口裕也岐阜へ、石田侑資いわきへ、石川大地熊本へ移籍など計13選手が退団した。
2023年
チームスローガン:Beyond(ビヨンド)
金体制3年目。田中恵太普光院誠重松健太郎飯泉涼矢井岡海都富樫佑太遊馬将也が完全移籍で、牛之濵拓が期限付き移籍で、大卒新人として高麗稜太東條敦輝(U-18出身)が加入。U-18から西尾響が昇格。計11選手が加入した。4月には長谷川アーリアジャスール、9月には吉井佑将が加入した。
開幕から2連勝で第2節終了時点で首位に立つが、直後の第3節から6試合連続勝利なし(4分2敗)、第9節勝利後、第14節ホーム最下位北九州戦の敗戦で第10節から5試合連続勝利なし(2分3敗)18位となった6月18日に金監督を解任、増本浩平ヘッドコーチが代行監督に就任すると、続く第15節アウェー鹿児島戦での勝利を皮切りに7試合連続負けなし(4勝3分)、第22節から4試合で1勝3敗と調子を落とすも、第26節から6戦負けなし(4勝2分)で5位まで浮上し、10月17日には暫定体制としていた増本監督のままシーズン終了まで継続することを発表、直後の4戦は2分2敗だったものの、最終3戦は2勝1分で最終的に6位でシーズンを終えた。
シーズン最終戦前の11月24日、増本監督との契約を更新しないことが発表された。
シーズン終了後、7年在籍の石井光輝、同年7得点を挙げた重松健太郎、在籍2年でリーグ52試合出場した増谷幸祐など8選手と契約非更新、飯泉涼矢は水戸へ、牛之濱拓は北九州へ、文仁柱岐阜へ、田村亮介奈良へ、鈴木順也琉球へ、糸原紘史郎山口へ移籍、計14選手が退団した。
2024年
チームスローガン:Stay Hungry(ステイ ハングリー)
新監督にヴィッセル神戸でコーチやスカウトを務めた林健太郎が就任。曽我大地(6年ぶり復帰)・櫻庭立樹大城蛍(4年ぶり復帰)・小泉隆斗伊川拓東出壮太温井駿斗松木駿之介三木直土金浦真樹二階堂正哉が完全移籍で、大卒新人として常安澪(前年特別指定選手)・田中翔太西田結平・牛田援が加入、計15選手が加入した。4月には木下慎之輔、5月には宮田和純(8月に期限付き移籍終了)がそれぞれ期限付き移籍で加入、7月には高柳郁弥が期限付き移籍で加入する一方で、この年の主将でU-18時代を含めクラブに10年在籍した世瀬啓人藤枝へ完全移籍、9月には玉城大志が期限付き移籍で加入した。
チームは第12節大宮アルディージャ戦に0-3で敗れて以降第23節FC岐阜に2-0で勝利するまで約3か月白星から遠ざかったが、その後11試合8勝1分2敗と巻き返し第34節カターレ富山戦終了時にはプレーオフ圏内の6位まで勝ち点差2となるなど肉薄した。しかしその後大宮アルディージャFC今治と上位陣に連敗。最終的に13位でシーズンを終えた。
今シーズンからJリーグ全チームが対象となったルヴァンカップには2回戦から参加し浦和レッズに2‐5で敗戦。
天皇杯は1回戦中国サッカーリーグのFCバレイン下関に1-1からPK戦の末敗れた。アマチュアチームに敗れるのは3年連続である。
シーズン終了後、Jリーグアウォーズにて第27節アスルクラロ沼津戦の普光院誠のゴールがJ3最優秀ゴールに、J3フェアプレー個人賞に小澤がそれぞれ選出された。また、長谷川アーリアジャスールが現役引退、6選手と契約非更新、木下慎之輔・高柳郁弥・玉城大志が期限付き移籍期間満了、松木駿之介は藤枝へ、田中翔太は群馬へ移籍、計12選手が退団した。
12月23日、チームは同日付で岡野代表取締役GMの退任を発表。岡野は選手時代の2009年から15年間過ごした鳥取を離れることとなった[15]オールガイナーレYAJINスタジアムの名前は存続するものの、YAJINプロジェクトは2024年実施分を以てファイナルとなる。
ガイナーレ鳥取のユニフォームを着用したイギリスビジネス・貿易大臣ジョナサン・レイノルズ(右)と内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)赤澤亮正(左)(2025年3月6日)
2025年
チームスローガン:勇往邁進(ゆうおうまいしん)
林体制2年目。吉田伊吹藤田一途大嶋春樹寺沢優太が完全移籍で、清水祐輔棚田遼半田航也河村匠永野修都が期限付き移籍で、新卒選手として松本太一東根輝季アメリカ出身のダッジィ中国出身の金世明が加入、計13選手が加入した。
チームの開幕はまたもや沼津に0-3での完封負けを喫するも、第2節の高知ユナイテッドSC戦では0-0、続く3節の八戸戦でも1-1と開幕三戦勝ち無しと苦戦。4節、5節と勝ち星なく迎えた第6節のホームで行われた岐阜戦で3-0とついに勝ち点を獲得。しかし第7節にて福島を相手に0-3と連勝はできず。その中、4月に昨季までFC今治に期限付き移籍していた土肥航大が完全移籍で加入。
11節の琉球戦にて3-0でホーム戦に勝利すると、第14節には首位の栃木シティFCと対戦、試合は決めきれないなどなかなかな苦戦を味わったが、81分に相手のオウンゴールによる1点が入る。その1点を守り切り首位相手に勝利とホーム2連勝を飾る。ホーム戦の第15節、17節、19節、21節を勝利で飾ってホーム戦6連勝、23節の高知戦に1-0で勝利してホーム戦7連勝を記録した。
高知戦後、横浜FCからヴァンイヤーデン・ショーン愛媛FCから舩橋京汰が育成型期限付き移籍で加入した。
24節の松本戦ではホーム戦入場者数歴代最多となる11955人を記録したが、試合は0-0とホーム8連勝は幻となった。
その後は勝ちや負け、引き分けを繰り返し第35節の岐阜戦では4-2。そして第36節の北九州戦では富樫佑太が前半の24分/34分/36分でハットトリックを記録。鳥取としては現在ジェフユナイテッド市原に所属している石川大地以来となった。シーズン最終戦はホームで迎え、奈良には2-1と勝利し最終的には11位でシーズンを終えた。
シーズン終了後、櫻庭立樹が契約満了後栃木SCへ移籍、主将の普光院誠も契約満了となり関東一部のEDO ALL UNITEDへ移籍し、副主将の永野修都は育成型期限付き移籍満了となり藤枝MYFCへ期限付き移籍。大城蛍は契約満了後常安澪が期限付き移籍中のマレーシア1部ヌグリ・スンビランFCへ完全移籍。田中恵太や4月に完全移籍していた土肥航大は契約満了し、共にFC大阪に移籍。伊川拓が契約満了後VONDS市原FCに完全移籍。2024シーズンから大卒入団していた西田が契約満了。今季にハットトリックを記録した富樫は奈良クラブへ完全移籍。曽我は福山シティFCへ完全移籍。9月に愛媛から育成型期限付き移籍していた舩橋は期限付き移籍満了により愛媛に復帰。同じく期限付き移籍していた半田も秋田へ復帰した。ヴァンイヤーデンショーンは育成型期限付き移籍満了後鳥取に完全移籍で加入となった。期限付き移籍していた東出は契約満了。東根は期限付き移籍が延長された。計13選手が退団した。
2026年(Jリーグ百年構想リーグ
チームスローガン:Challenge for Change
林体制3年目。Jリーグ秋春制移行に伴うJ2・J3百年構想リーグではWEST-Bのグループに所属。

成績

タイトル・表彰

チーム

個人

J3リーグ
日本フットボールリーグ

その他表彰

スタジアム・練習場

スタジアム

鳥取県内で唯一Jリーグ基準を満たしている、鳥取市のAxisバードスタジアム(2008年4月1日-2020年3月31日はとりぎんバードスタジアム)をホームスタジアムとして使用している。2014年のJ3降格以後は、クラブ自前のスタジアムでもあり、J3開催基準を満たす米子市のオールガイナーレYAJINスタジアム(2012年11月1日 - 2022年12月31日はチュウブYAJINスタジアム)も併用している。なお、SC鳥取時代は米子市の東山陸上競技場(どらドラパーク米子陸上競技場:どらパー)をホームスタジアムとしていた。Jリーグ準加盟(2007年)以降の開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。

バードスタジアムは収容人員の関係でJ1スタジアム基準を満たしていないため、クラブではスタジアムを管理する鳥取市に観客席の増設を要請している[16] が、クラブの成績と財政問題を勘案して観客席の増設は見送られている。

バードスタジアム開催の際には、スタジアムの駐車場がほとんど無い(イベントスペースとして供出される)ため、千代川倉田スポーツ広場(鳥取市円通寺)およびオフィシャルサプライヤーでもあるグッドヒルの本社(鳥取市吉成)を臨時無料駐車場として開放し、とりスタまでのシャトルバスを運行しているほか、鳥取駅周辺の複数の有料駐車場と提携して、観戦チケットの半券提示で6時間無料駐車サービスなどの施策を行っている[17]

年度別入場者数

オールガイナーレYAJINスタジアム
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年度所属合計
入場者数
最多入場者数最少入場者数平均
入場者数
試合数ホームゲーム
開催スタジアム
入場者数相手会場入場者数相手会場
2007JFL29,8323,811ソニー鳥取851YKK AP鳥取1,75517鳥取10、東山陸4
布勢3
200854,6827,117刈谷東山陸1,363栃木とりスタ3,217とりスタ13、東山陸4
200958,1286,188Hondaとりスタ1,267町田3,419とりスタ12、どらパー5
201059,4189,499SAGAWA1,837ロック3,495とりスタ13、どらパー4
2011J270,1528,212横浜FC1,787草津3,69219とりスタ19
201265,7866,629岡山1,3633,13321とりスタ21
201386,03310,096G大阪1,530福岡4,097とりスタ21[注 2]
2014J355,2425,892金沢(20節)1,832長野(5節)3,06918とりスタ13、チュスタ5
201535,9534,013山口(39節)1,096J-22(15節)1,89220とりスタ16、チュスタ4
201628,4713,450大分1,321相模原1,78715とりスタ13、チュスタ2
201724,9382,435栃木573琉球1,55916とりスタ13、チュスタ3
201842,5194,817福島1,302秋田2,657
201937,8894,011八戸946F東232,22817とりスタ14、チュスタ3
202013,7311,451C大23Axis0[注 3]岐阜Axis808Axis13、チュスタ4
202116,6041,861宮崎チュスタ739YS横浜1,18614Axis12、チュスタ2
202229,6723,017鹿児島Axis646愛媛1,74517Axis14、チュスタ3
202343,3255,411松本1,190長野2,28019Axis16、チュスタ3
202446,2455,057FC大阪934讃岐2,434
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練習場

鳥取市若葉台スポーツセンター

練習場はスタジアムに近い鳥取市内の鳥取市若葉台スポーツセンター(鳥取市若葉台北)[1]コカ・コーラウエストスポーツパーク(鳥取市布勢)[1]、クラブが主な拠点としている米子市内のオールガイナーレYAJINスタジアム(米子市安倍)[1][18]東山運動公園(米子市東山町)[18] を使用する。

チュスタは 2012年3月30日に着工[19]、同年11月末に完成した、7,390人収容の球技専用スタジアム。ガイナーレの運営会社であるSC鳥取の本社もチュスタのクラブハウス内にあり、2018年現在は基本的にここで練習を行っている[18]。2014年以降はJ3の試合も開催されているが、J2以上の場合は収容人員の規格の問題上チュスタの使用が困難なため、将来的に県西部のサポーターの集客を高めるための交通アクセスの改善、さらには「とりスタを試合の本拠地、チュスタを育成の場」と位置付ける計画も予定している[20]

なお、チュスタをはじめとするクラブの拠点がある米子市と、試合会場のある鳥取市とは約90㎞離れており、JR特急でも1時間強(米子駅~鳥取駅)、車では約2時間ほどの距離がある。経営面から選手移動を原則として「米子からのバス移動」としていた2017年シーズンは、たとえホームゲームであっても当日の米子市からのバス移動となることから、鳥取市内に前泊するアウェイクラブよりもコンディション面で不利となり、試合内容に影響を及ぼしたこともあったという[21]

ユニフォーム

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ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd) ピンク×黒 ピンク ピンク
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd
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チームカラー

ユニフォームスポンサー

さらに見る 胸, 鎖骨左 ...
掲出箇所スポンサー名表記掲出年備考
山陰合同銀行ごうぎん2007年
2023年 -
2008年 - 2009年はパンツ
2018年 - 2022年は鎖骨左側
2007年 - 2009年は「森を守ろう」表記
2018年 - 2021年は「山陰合同銀行」表記
鎖骨左 鳥取ガスグループenetopia2023年 -2014年 - 2022年は胸
2014年 - 2016年は「鳥取ガス」表記
2017年は「TOTTORI GAS GROUP」表記
2018年は「鳥取ガス 100th Anniversary -since 1918-」表記
鎖骨右 大山どりだいせん
大山どり
2018年5月[22] -
背中上部 三光三光グループ2017年 -2017年 - 2021年は袖
(「三光」表記)
背中下部 中海テレビ放送中海テレビ放送2018年 -
鳥取県情報センターTIC
鳥取県情報センター
2022年 -2022年 - 2024年はパンツ背面
パンツ前面 アクシスAXiS2017年 -
パンツ背面 無し無し
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  • 2012年 - 2017年は右胸エンブレム下、2018年は右袖J3リーグロゴマーク下に「強小鳥取」の文字が入った。
  • 2025年から背番号の下に選手ネームが入った[23]

ユニフォームサプライヤーの遍歴

歴代ユニフォーム

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FP 1st
2007 - 2008
2009 - 2010
2011 - 2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021
2022
2023
2024
2025
2026 -
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FP 2nd
2007 - 2008
2009 - 2010
2011 - 2012
2013
2014 - 2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021
2022
2023
2024
2025
2026 -
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歴代ユニフォームスポンサー表記

年度箇所サプライヤー
鎖骨左鎖骨右背中上部背中下部パンツ前面パンツ背面
2007森を守ろう解禁前吾左衛門寿し解禁前OUランド
・ホテル
マックスサポート
コールサポート
解禁前hummel
2008大山黒牛--森を守ろう
2009ガンバロウ鳥取PURE CITY
2010白バラ牛乳因幡の白うさぎ食のみやこ鳥取県
2011NANO
Optonics Energy
焼肉 強小亭
2012-
2013ポプラ- /
堀田石油
2014鳥取ガスポプラ
2015-白バラ
2016因幡の白うさぎEco Ring白バラ牛乳-
2017TOTTORI GAS
GROUP
白バラ牛乳三光AXiS
2018鳥取ガス
100th Anniversary
-since 1918-
山陰合同銀行- /
だいせん
大山どり
中海テレビ放送
2019enetopiaだいせん
大山どり
PUMA
2020-
2021BARCOSSoccer Junky
2022ごうぎん三光グループ因幡の白うさぎTIC
鳥取県情報センター
2023ごうぎんenetopia
2024
2025TIC
鳥取県情報センター
-

チーム情報

GM

  • 竹鼻快 : 2007年-2011年
  • 岡野雅行 : 2014年-2024年

強化部

所属選手

スタジアムDJ

基本的に三村が一人で担当し、これに田子が加わって二人で担当するケースもあった。なお、田子・三村が共に来場できない場合は、地元CATV局アナウンサーなどが行った。
スタジアムDJに田子および三村が起用されたのは、前GM竹鼻快の「試合内容以外の部分でのサポーターの満足度を高める」という方針と、竹鼻が元々湘南ベルマーレの職員だったというコネクションもある[31]
スタジアムDJは、オーディションで選ばれた平野ともう1名による最終選考がプレシーズンマッチの中で行われ[32]、サポーターによる投票の結果、平野が選ばれた[33]

ガイナーレガール

鳥取県内でフリーペーパーなどを作成・発行・配布している株式会社Peebaが発行している「鳥取美少女図鑑」とのコラボレーションにより、2011年7月に10名のPRガールが選ばれ、2012年1月までガイナーレガールとしてホームゲームや各種イベントに出演した[34]。2012年以降もメンバーを入れ替えて選出している。

ガイナーレ鳥取もりあげ隊

  • ほのまる[35] : 2014年 - 2015年(メンバーの向井登志彦は米子市出身)
  • Chelip[36] : 2014年 - (鳥取県出身の2人によるアイドルユニット)

ガイナレディーズ

2017年5月17日に発表があり、メンバーは全員で13名でTV出演、CM出演、雑誌活動、歌手活動、モデル活動などメディア露出に特化し表舞台に立つチーム『Entertainment TEAM』10名(Chelipのメンバーも含まれる)と、ガイナレディーズの活動をより幅広くする為のいわゆる裏方企画考案チーム『Planning TEAM』3名で構成される。

サポートソング

鳥取県米子市出身のシンガーBeijyの1stシングル「光の先へ」(2009年6月リリース)がサポートソングとして選ばれた。Beijy自身もホームゲームイベント等でスタジアムを何度か来訪し本曲を歌ったほか、試合観戦もしている。また、これとは別にスタジアム用のBGMとして、四種のオリジナル曲が作られ、既存のJリーグアンセム等々と併せてそれぞれのシーンに応じて流されている。

ホームタウン・デイ

2011年シーズン途中から、ホームゲームごとに鳥取県内各市町村(一部町村は合同で)を対象とするホームタウン・デイが設けられ、該当する市町村住民を対象とするチケットの割引販売、市町村紹介イベント、物産販売などが行われている。

下部組織

株式会社SC鳥取が運営する組織

アカデミースタッフ
ガイナーレ鳥取U-18
2008年に設立。米子松蔭高等学校と提携している。
ガイナーレ鳥取U-15
2007年までは「SC鳥取ヴェルドール」の名称で活動
さらに見る 年度, カテゴリ ...
年度カテゴリ戦績クラ選高円宮杯U-15監督
2008--
2009プログレス8位--
20109位-
20113位雨野裕介
20123位
201310位-
2014鳥取県1部優勝-
2015プログレス7位-
20166位-畑野伸和
20178位--
2018鳥取県1部3位-
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NPO法人やまつみスポーツクラブが運営する組織

  • SC鳥取ドリームス(OB主体チーム)
  • SC鳥取プエデジュニアユース(中学生チーム)
  • SC鳥取プエデジュニア(小学生チーム)
  • SC鳥取フィオーレ(女子チーム)

財政問題

2008年8月12日、ガイナーレを運営する株式会社SC鳥取が選手補強や本拠地移転の費用等により債務超過となっていることが判明。これを受け、Jリーグから成績面でのJ2参入条件(4位以内)確保だけでなく、債務超過の解消と財務の健全化、経営基盤の強化が求められた。なお、株式会社SC鳥取によれば、J2に参加するためには、2008年11月末までに2億円の資金調達が必要であることが明らかになった。

その後、行政や個人・団体から支援金が集まり、さらに鳥取県と鳥取市が出資した「バードスタジアム国際交流基金」からJリーグ参入条件であるJFL4位以内を条件に約7000万円の出資が決定し、2億円の資金調達に目処が立った。しかし、同年のJFL4位以内の確保に失敗したため、基金からの出資は事実上白紙撤回となった。なお、2008年シーズン終了時点でのクラブの累積赤字は7000万円であった。

2009年以降、株式会社SC鳥取は身の丈運営でJリーグ参入を目指すことを表明しており[37]、同年からチームの統一スローガンとして掲げられている「強小」は、その意思表示の文言である。「強小」の言葉は2012年版ユニフォームの胸にも表記されている。

2010年11月29日、Jリーグ臨時理事会でJ入会が決定したが、Jリーグ側は株式会社SC鳥取に対して2011年シーズンに向け5000万円の増資を行うことと、2011年度において単年黒字を達成することを要請した[38]。なお、2012年1月期末時点で債務超過は解消されている。

クラブライセンスについては、2013-15年度のいずれもJ2ライセンスを交付されている。これはとりスタの実勢収容人員がJ1基準を満たしていないためであるとともに、本拠地(とりスタ)のスタジアムの屋根、トイレ数を充足していないとして「B等級基準未充足」として書面での改善計画書の提出を求める制裁(事実上の条件付き交付)を受けた。

しかし2015年度のライセンスについてはJ3所属であることのほかに、2014年度の財政面から、2013年度までの純資産・約5300万円を超える赤字、特にスポンサー・入場料・グッズ売り上げなどの収入などで約2億円の減収となる恐れが出るとJリーグから指摘され、ライセンスA等級条件の「債務超過」に抵触し、Jリーグのライセンスを交付できない(J3を含むJリーグからの除名の)可能性があるため、クラブライセンス第一審査機関から経営改善策として、

  1. 「数千万円程度の増資」
  2. 「数百万円程度の新規スポンサー加入」

の2つの条件を2014年10月30日までに確保するように命じ、それを充足した場合にライセンス効力が発生する「停止条件付き交付」とし、停止条件を満たしていない場合はJ2ライセンスは没収として、成績上のJ2昇格条件順位[注 5] を満たしてもJ2昇格不可とすることになった[39]

これについて、社長の塚野は「停止条件については、現在進めている増資手続きを期日までに完了することが中心でありますが、増資については民間企業から確約をいただいているので確実にクリアできる条件と考えています。幣クラブの財務管理能力の未熟さと、今季・来季のキャッシュ・フローの維持(クラブ持続性)が論点となりました。クラブとしては、今回の条件クリアは対蹠的処置にしか過ぎないと考えており、根本的な基盤整備やガイナーレの今後の方向性を再度みつめなおす作業は避けて通れないと考えています」としている[40]

その後、民間企業1社からの増資引き受け、並びに複数の企業・団体から協賛スポンサーを締結するなどの増資手続きが行われ、停止条件を充足したものとみなして、2014年10月29日付けで「停止条件」を解除し、正式なJ2ライセンスが交付された[41]

しかし、その後2015年1月期決算において債務超過が-1700万円、また単年度の赤字額も9500万円を計上したことが分かり、2016年度のクラブライセンス申請期間である2015年6月までに、債務超過を解消することが難しくなったことから、2015年4月の段階で2016年度のJ2ライセンス申請を断念することを発表した[42]

新たな収益源の開拓

こうした状況で選手補強もままならない中、GMの岡野雅行境港市にスポンサー営業に行った際に聞いた、「金はないけど、うまい魚ならいっぱいある」という言葉をヒントに、2014年から「野人と漁師のツートッププロジェクト」を企画。クラブに選手補強資金を寄付すると、返礼品として境港で水揚げされた海産物が贈られるというもの(ふるさと納税と同様の手法)で、初年度は2648万円の寄付があり、MFフェルナンジーニョの獲得に成功している[43]

2018年にはチュウブYAJINスタジアムの管理で得たノウハウをもとに、チュスタのある弓ヶ浜半島の耕作放棄地となった砂地で芝生を生産して販売する「Shibafull」(しばふる)という事業にも着手している。パートナー企業から肥料化された下水道汚泥等を受け入れ、芝の手入れにはHondaのロボット芝刈り機を用いる[44] など、新たな技術を導入している。

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他クラブとの関係

湘南ベルマーレとの関係

塚野真樹は2006年にコーチライセンス取得のためSC鳥取から出向して、1年間にわたって湘南ベルマーレユースのコーチを務めた。その後、塚野は株式会社SC鳥取の社長就任のために鳥取に復帰したが、これと前後して湘南ベルマーレのクラブスタッフだった竹鼻快が鳥取のスタッフ(ゼネラルマネージャー職)として加入。スタジアムDJの項にもある三村ロンド、田子千尋らの起用など、ベルマーレ人脈を生かしてきた。選手も特にプロ化後に多くの選手がベルマーレから移籍した。

島根スサノオマジックとの関係

同じ山陰地方の隣県にあるプロスポーツチーム同士ということで、Bリーグ島根スサノオマジックと友好的な関係にある。公式サイトを相互リンクしたり、スサノオマジックの一部(鳥取県内で)の試合開催に於いてガイナーレ側が特設ブースを出すことがある一方、スサノオマジック側もJFL時代の米子開催時に中海市長会作成の共同ステッカーを配布したことがある。また、双方の社長が対談企画に参加したこともある。

復活!公園遊び

やまつみスポーツクラブがチーム運営をしていた前身のSC鳥取時代から、屋外で遊ぶ機会の少ない子供たちに、屋外で身体を使って遊ぶ機会を提供しようという観点から継続的に実施されているイベントである。選手やチームスタッフなどが「ガキ大将」役となり、参加する子供たちと共に鬼ごっこなどの遊びを行う。ガイナーレ鳥取となってからは選手等を同イベントに派遣するなどして、実行主体であるやまつみスポーツクラブに協力している。

メディア

テレビ

日本海テレビ
日本海ケーブルネットワーク
  • 熱中! ガイナーレ
NHK鳥取放送局
  • いちおしNEWSとっとり いちおしスポーツ
山陰放送(BSSテレビ)
中海テレビ放送
  • Chukai情報広場 パルディア 『Road to 野人続々!プロジェクトG』

ラジオ

DARAZ FM
  • ガイナーレ鳥取 ガイナトピックス(夕刊DARAZ水曜日コーナー)
  • RADIO GS 2015
FM鳥取(RADIO BIRD)
山陰放送(BSSラジオ)

新聞・雑誌

地方紙
全国紙地方版

脚注

関連項目

外部リンク

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