日本乾溜工業
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本社所在地
日本
〒812-0054
福岡県福岡市東区馬出1丁目11番11号
北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度座標: 北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度
〒812-0054
福岡県福岡市東区馬出1丁目11番11号
北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度座標: 北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 |
〒812-0054 福岡県福岡市東区馬出1丁目11番11号 北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度座標: 北緯33度36分32.1秒 東経130度25分12.1秒 / 北緯33.608917度 東経130.420028度 |
| 設立 | 1939年7月1日 |
| 業種 | 建設業 |
| 法人番号 | 1290001028382 |
| 事業内容 | 建設事業・防災安全事業・化学品事業 |
| 代表者 | 兼田智仁(代表取締役社長) |
| 資本金 |
4億1367万5000円 (2020年9月30日現在)[2] |
| 発行済株式総数 | 710万2000株(2020年9月30日現在)[2] |
| 売上高 |
連結: 144億0978万3000円 単独: 136億0928万6000円 (2020年9月期)[2] |
| 営業利益 |
連結: 9億0043万7000円 単独: 8億3179万7000円 (2020年9月期)[2] |
| 経常利益 |
連結: 9億5310万1000円 単独: 8億9122万6000円 (2020年9月期)[2] |
| 純利益 |
連結: 6億2882万9000円 単独: 6億2121万2000円 (2020年9月期)[2] |
| 純資産 |
連結: 68億7073万9000円 単独: 67億3000万4000円 (2020年9月30日現在)[2] |
| 総資産 |
連結: 121億8443万0000円 単独: 112億4692万5000円 (2020年9月30日現在)[2] |
| 従業員数 |
連結: 293人 単独: 224人 (2020年9月30日現在)[2] |
| 決算期 | 9月30日 |
| 会計監査人 | EY新日本有限責任監査法人[2] |
| 主要株主 |
株式会社福岡銀行 31.89% 伊藤忠丸紅住商テクノスチール株式会社 4.12% 日鉄建材株式会社 3.12% 株式会社西日本シティ銀行 2.71% 株式会社にしけい 2.67% 日本乾溜工業従業員持株会 2.38% 大阪中小企業投資育成株式会社 1.90% 日本乾溜工業取引先持株会 1.85% JFE建材株式会社 1.75% 神鋼建材工業株式会社 1.70% (2020年9月30日現在)[2] |
| 外部リンク | http://www.kanryu.co.jp/ |
日本乾溜工業株式会社(にっぽんかんりゅうこうぎょう 英: NIPPON KANRYU INDUSTRY CO.,LTD.[3])は福岡県福岡市東区に本社を置く企業である。福岡証券取引所単独上場銘柄のひとつである(証券コードは1771)。
沿革
- 1939年7月、「日本乾溜工業株式会社」を大阪府大阪市港区に設立、福岡県八幡市(現・北九州市八幡西区)に黒崎工場を開設し、電極用ピッチコークスの製造、販売を始める。
- 1953年 - 9月、鋳物砂添加剤の製造・販売開始。
- 1960年 - 5月、不溶性硫黄の製造・販売開始。
- 1963年 - 日本道路公団の別府阿蘇有料道路(通称やまなみハイウェイ)で初めて路面標示工事を施工し、交通安全施設工事の施工開始。
- 1966年11月、本社を大阪市から黒崎工場内に移転。
- 1967年12月、本社を新築、北九州市八幡西区築地町13番5号に移転。
- 1969年7月、標識の製造を行う、日本標識工業株式会社を設立。
- 1993年4月、日本標識工業株式会社を吸収合併。標識製造部門に位置づける。
- 1996年4月26日、福岡証券取引所に株式上場。
- 2007年1月、本社を福岡県福岡市東区に移転。
- 2019年4月、大邦興産を買収[5]。