日本館 (2015年ミラノ万博)
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| 日本館 | |
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| 情報 | |
| 用途 | パビリオン |
| 設計者 | 石本建築事務所[1] |
| 施工 | Takenaka Europe GmbH Italy Branch[1] |
| 建築主 | 日本貿易振興機構 |
| 構造形式 | 鉄骨構造+立体木格子壁[2] |
| 敷地面積 | 4,170 m² [1] |
| 建築面積 | 2,376 m² [1] |
| 延床面積 | 4,390 m² [1] |
| 階数 | 地上2階 |
| 着工 | 2014年7月1日 |
| 竣工 | 2015年4月30日 |
| 開館開所 | 2015年5月1日 |
| 座標 | 北緯45度31分5秒 東経9度6分37.2秒 / 北緯45.51806度 東経9.110333度座標: 北緯45度31分5秒 東経9度6分37.2秒 / 北緯45.51806度 東経9.110333度 |
日本館(にほんかん)は、2015年5月1日から同年10月31日にかけて開催されたミラノ国際博覧会(以下、ミラノ万博)において、日本政府が出展したパビリオンである。
建築
東西に長い会場のうち、東ゲート近くに位置し、東西に貫く大通りのデクマーノに面していた。敷地面積は4,170平方メートルで、開催国であるイタリアを除く国別パビリオンの中では最大であった[6]。
最高部の高さ12m、幅130mの立体木格子と、47都道府県の県の花をデザインした菰樽が外観上の大きな特徴であった[7]。建築プロデューサーを務めた北川原温は、「多様性を抱くうつわ」をコンセプトとし、三次元の木格子を提案した。相欠き継ぎは日本の伝統建築で従来から用いられている技法であるが、三方向から部材が交わる立体的な構造は従来にないものであり、格子を半グリッドずつずらすことで解決をみた。木構造の建築とするには認証が必要となるため、建物本体は2階建の鉄骨構造とし、その外側に立体木格子の壁を建てる方法を採った[1]。木材同士をつなぐ継手や仕口の技法により「めり込み作用」が生じ、釘をほとんど用いずとも耐震性のある構造体を作り出すことができる。この立体木格子を、持続可能性を体現する建築素材として採用することとした[8]。設計のデータ管理はBIMを活用し、日本から輸送した長さ120cmの岩手県産カラマツの集成材をイタリア国内の工場で加工した[1]。
展示内容

ミラノ万博は「地球に食料を、生命にエネルギーを(Feeding the Planet, Energy for Life)」をテーマに148の国・地域・国際機関が参加。日本は「Harmonious Diversity-共存する多様性-」をテーマに、日本食や食文化を伝える「日本館」を出展した。展示エリアはプロローグと5つの「シーン」で構成される[注釈 1]。
プロローグは『相生(あいおい)』をテーマとし、雨に恵まれた日本と、人による環境破壊と再生を、書道家の紫舟による書画で展開する[10]。
シーン1は『ハーモニー』がテーマ。多雨・多湿な風土のもとで、高低差のある急峻な地形に拓かれた水田をはじめとする、自然と共生する日本の農林水産業。豊かな生態系でなければ生息できないコウノトリをモチーフにし[11]、壁面のハーフミラーの無限反射と[12]、棚田に見立てた空間で表現した[13]。展示室一面に、腰や膝など様々な高さに敷き詰めた円形のプレートを稲穂に見立て、プロジェクションマッピングで揺れる稲穂や魚が泳ぐ水面が投影され、来館者がプレートをかき分けて歩くことにより、日本の食の原風景である水田に分け入ったような体験ができるものであった[14]。シーン1『ハーモニー』と、シーン2のうち『ダイバーシティ』は、デジタルアート制作集団チームラボが制作した[14]。
シーン2は『コリドール』『ダイバーシティ』『レガシー』の展示空間で構成される。日本庭園の石畳をイメージさせる『コリドール』では押し花アートの掛け軸や香りの演出を施し、壁面の8つのショーウィンドーでは、「四季折々の農村風景と生き物たち、四季の祭り」を映像と、指向性スピーカーによる季節感のある音の演出で紹介した[12]。『ダイバーシティ』では、食の源である水を、円柱形のスクリーンの滝と、来場者が触れることのできる滝つぼで表現。滝には農業や食文化に関する1,000あまりのコンテンツが流れ落ち、あらかじめスマートフォンにインストールした日本館のアプリで詳細な情報を持ち帰ることができた[15]。『レガシー』では、食品サンプルなどを用いて[16]、一汁三菜、発酵、出汁、口内調味など古来からの日本の食の知恵を伝えた[12]。
シーン3の『イノベーション』は京都芸術大学教授の竹村真一やクリエイティブ・ディレクターの清水亮司の企画により[16]、地球が抱える食の課題と、日本のソリューションを、大型スクリーン「フュ―チャー・グローブ・ステージ」で紹介。アニメーション映像には2005年の愛・地球博公式マスコット「モリゾー・キッコロ」も登場した。課題解決に結びつく日本伝統の知恵や、マグロ・ウナギの完全養殖など[17]の技術をインタラクティブに提示する「触れる地球」も展示された[18]。
シーン4の『クールジャパンデザインギャラリー』は佐藤オオキが総合デザインを担当し、山中塗の汁椀や西陣織のランチョンマットなど13産地16品目の工芸品を展示した。食の空間をそのまま展示空間に、との考えから展示台には椅子とテーブルを用いた。入り口から奥に進むほどテーブルが高くなり、入り口から見るとテーブル上のすべての作品を俯瞰しているような工夫がなされた。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』から着想を受け、作品や展示空間は黒を基調とした。これには色彩情報を取り除くことにより多様な質感や、職人の技術力を際立たせる意図による[19]。『ホワイエ ジャパンショーケース』は次のライブパフォーマンスシアターの待機場所であるとともに、日本の観光資源や伝統文化を映像で紹介した[12]。
シーン5の『ライブパフォーマンスシアター』はレストランをイメージした円形の劇場で、来場者はダイニングテーブル風の客席に着席して中央のステージのショーを鑑賞。箸を使ってテーブルのタッチパネルを操作することにより、観客もショーに参加することができた。
アテンダントのユニフォームは嶋崎隆一郎がデザイン、日本ユニフォームセンターが監修した。和服のように一枚の布で構築した衣服をテーマとし、布をたたむ、ドレープを寄せるなどの技法を採り入れた。配色は和紙をイメージしたベージュ、漆の赤、富士山の白を基調とし、シンボルマークとの調和を図った。女性用はニットのワンピースかチュニックに、羽織るタイプのジャケットを合わせ、男性用はテーラードジャケットに半袖ポロシャツあるいは長袖ニットシャツの組み合わせとした。素材と縫製は東レが協賛し、男女のジャケットには「モランナ」、女性のチュニックとワンピースは「シルックラフール」「スプリンジー」の新素材が用いられた。腕時計はシチズン時計が協賛した[20]。
イベント
パビリオンのオープンが博覧会開幕に間に合ったのはドイツ館など少数で、日本館もその一つであった[16]。5月1日11時より開館式を実施。農林水産省食料産業局長の櫻庭英悦、経済産業省商務流通保安審議官の寺澤達也をはじめ、 駐イタリア日本国大使の梅本和義、全国農業協同組合中央会会長の萬歳章、 ロンバルディア州副知事のマリオ・マントヴァーニらを来賓に迎え、日本館特別大使のハローキティとともにテープカットを行った。イベント広場では、茶道裏千家家元の千宗室が点てた茶が振る舞われた[21]。
7月11日のナショナルデーには、ドラえもんやケロロ軍曹、JAグループの笑味ちゃんなど日本のキャラクターも参加する[22]東北十大祭り[注釈 2]のパレード、吉田兄弟、紫舟と打打打団による文化公演、宝生和英による能『高砂』、きゃりーぱみゅぱみゅのライブが行われた[23]。日本館の来館者には、東日本大震災の支援に対する感謝の気持ちを込めて、日本全国のJAの組合員が折った20万羽の折鶴が配られた[9]。
6月25日から7月13日にかけては、ミラノ市内のステッリーネ宮殿に、クールジャパンコンテンツの紹介や観光PR、商談会などを行う「ジャパンサローネ」が開設された[24]。
レストランとフードコート
日本フードサービス協会(略称 JF)の会員7社は、政府の要請に応じJFコンソーシアムを設立し、館内の飲食店に参加。日本食レストランと、A~Dの4つのエリアからなるフードコートが開設された[25]。
- レストラン - 京都粟田口に本店のある京懐石料理店美濃吉が、20席のカウンター会席で懐石料理を提供。
- フードコートAグループ - 一汁三菜・日本酒・抹茶が主で、会期前半は柿安本店が「和牛すき焼きご膳」、後半は人形町今半が「黒毛和牛すきやき弁当」などを提供。
- Bグループ - 弁当・テイクアウト・抹茶が主で、会期前半はモスフードサービスが「焼肉ライスバーガーセット[注釈 3]」、後半は京樽[注釈 4]が「江戸前鮨とロール鮨」などを提供。
- Cグループ - 麺類が主で、全期を通じ、サガミチェーンが「天ざるそば」などを提供。
- Dグループ - カレーが主で、全期を通じ、壱番屋が「とんかつカレー」などを提供。
当初は、5店舗合計で1日あたり23,000ユーロの売り上げを見込んでいたが、10月10日にその3倍となる69,600ユーロを記録[注釈 5]。以降も連日4万ユーロを超える売上があった。好調の背景には、2013年に日本料理がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも寄与していると考えられる[27]。
飲食ブース開設に向けた道のりは順調ではなかった。当初は日本政府のプロジェクトは「一汁三菜」「ラーメン」「甘味」をコンセプトに打ち出し、大手和食レストラングループが出店を計画したが、人材確保やEUの規制への対応などを検討したところ断念を余儀なくされた。そこでJFに協力の要請があり、会員である上記7社が参加することとなった[27]。食材の調達には、EUの規制がネックになった。とんかつの材料となる千葉県産いもぶたの冷凍肉200kgをイタリアへ輸送しようとしたところ、日本からEUへの豚肉の輸出は原則禁止であるため[28]厳重な監視が義務付けられ、ミラノの空港に到着後は政府指定倉庫への搬入を支持されたことから、関税や輸送料の外にも費用を要した[27]。和食の出汁に重要となる鰹節は、イタリア政府はHACCPのルールに抵触するとして、原産地証明だけでなくHACCPの基準に合った専用船で輸送し、水揚げ後も基準に合致した工場での加工が指示された。日本企業側はこのルールは影響が大きすぎるとして、イタリア政府・ミラノ万博公社・日本政府の3者の協議で会期中に会場内でのみ使用することを条件に「ミラノ万博特区」として扱うことで決着した。ところが、イタリア政府は万一業者による横流しで外部に流出した際の安全上のリスクに備え、250kg分の鰹節を指定倉庫から一度でJFコンソーシアムの冷蔵庫に収納するよう異例の指示を出した。日本企業側は必要の都度倉庫から搬出する方法を希望したが、イタリア政府はこれには応じず、鰹節専用に冷蔵庫を用意する負担が生じた。政府指定倉庫から搬出する際に一部の品物の不足が確認され、業者による抜き取りは実際に起きていたと考えられている[27]。魚料理の素材に関しては、マグロやタイ、カンパチ、ブリは地中海では安定した品質の魚の確保が難しく、日本からの直送で対応を図ったが、当時の円相場が円安ユーロ高であったことに加え、輸送費や関税、保税倉庫代を要したことから大幅なコスト高となった[27]。そのため、採算に乗せることは困難であったが、伝統的な和食のみならず、世界中から食文化を採り入れて発展を遂げた日本の料理は、来場者からは好評であった[27]。