レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿

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レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿(レオナルド・ダ・ヴィンチしゅこう)は、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci、1452年4月15日 - 1519年5月2日)が、約40年間にわたって書き綴ったノート。書き残した全手稿のうち約3分の2が失われ、現存するのは約5000ページと言われている。この膨大な数の手稿は、レオナルドの死後、弟子のフランチェスコ・メルツィに相続されたが、その後様々な形で編纂がなされ、各手稿集、特に『アトランティコ手稿』『アランデル手稿』『ウィンザー手稿』は、当初とは大きく異なった形で再分割され現在に至っている。

推定年代:1478年 - 1518年
ミラノアンブロジアーナ図書館収蔵。デッサンと注釈から成る手稿集で、内容は、数学幾何学天文学植物学動物学土木工学、軍事技術その他多岐にわたる。現在は、25.6in.×17.3in./65cm×44cmの別紙上に貼られた1119紙葉が、革装の12巻にまとめられている。

2025年に大阪・夢洲で開催された大阪・関西万博のイタリア館内で定期的な入れ替えを行いながら4枚のページが公開された。

トリヴルツィオ手稿

推定年代:1487年 - 1490年
ミラノ、スフォルツァ城のトリヴルツィアーナ図書館収蔵。51紙葉(8.1in.×5.5in./20.5cm×14cm)を収めた1巻本。オリジナルは62葉。軍事と教会建築に関する考察に加え、レオナルドが自身の文学的素養を深めようという意図のもとに書かれた文章や図が多くの紙葉に見られる。以前は、アンブロジアーナ図書館とトリヴルツィオ侯(principe Trivulzio)が所有していた。

鳥の飛翔に関する手稿

推定年代:1505年
トリノ王立図書館イタリア語版収蔵。18紙葉(8.3in.×5.9in./21cm×15cm。シングルで数えると36葉)から成る。名前の通り、鳥の飛翔のメカニズムに関する考察が大半を占めるこの手稿では、翼や空気抵抗、風や気流の考察まで含めて、鳥の飛翔の力学構造を再現する方法が分析的に追求されている。

パリ手稿

推定年代:1487年 - 1515年
パリフランス学士院に収蔵されている12冊の手稿集で、一部は羊皮紙・革・厚紙で製本されている。様々なサイズの手稿があり、最も小さいのは『手稿M』(3.9in.×2.8in./10cm×7cm)、最大は『手稿C』(12.4in.×8.7in./31.5cm×22cm)。Jを除くAからMまでのアルファベットで分類され、全部で964葉から成る。内容は軍事技術、光学、幾何学から、鳥の飛翔、水力学まで、広範囲に及ぶ。

アッシュバーナム手稿

推定年代:1489年 - 1492年
2037、2038のナンバーで知られている2冊。パリのフランス学士院収蔵。9.5in.×7.5in./24cm×19cmの紙に書かれ、厚紙で製本されたこの2冊の手稿は、もともと、『手稿A』(フォリオ81-116)、『手稿B』(フォリオ91-100)の一部だったが、19世紀の中頃にグリエルモ・リブリ(Guglielmo Libri)によって独立した2冊にまとめられた。2038は、絵画に関する考察が中心で、2037には、その他の様々なテーマの手稿が集められている。

ウィンザー手稿

推定年代:1478年 - 1518年
イギリスウィンザー城の王室コレクション収蔵。様々なサイズの234葉の未製本の紙葉。解剖学地理学、馬の研究、スケッチや戯画、一連の地図など約600点のデッサンが描かれている。ポンペオ・レオーニがまとめたもので、少なくとも1690年から王室コレクションとなっている。

アランデル手稿

推定年代:1478年 - 1518年
ロンドン大英図書館収蔵。様々な判型の283葉から成る、モロッコ革で装幀された1巻。最初はばらばらの紙葉だったが、その後、同じ大きさの別紙(11.0in.×7.1in./28cm×18cm)に貼りつけられた。物理学力学、光学、ユークリッド幾何学、おもり、建築など、多様な分野がカバーされている(最後の2つのテーマに関しては、フランス、ロモランタンフランソワ1世の王宮のための仕事も含まれている)。1630年ころ、イギリスのアランデル卿(Lord Arundel)がスペインで入手。

フォースター手稿

推定年代:1487年 - 1505年
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館収蔵。羊皮紙製本された3冊の手稿集で、フォースターI(54葉のフォリオ、5.7in.×3.9in./14.5cm×10cm)、フォースターII(158葉のフォリオ、7.7in.×2.8in./19.5cm×7cm)、フォースターIII(94葉のフォリオ、3.5in.×2.4in./9cm×6cm)と呼ばれている。リットン伯爵(Earl of Lytton)、ジョン・フォースター(John Forster)所蔵を経て、現在に至る。内容は幾何学、物理学、水力機械、建築など。

マドリード手稿

推定年代:マドリードI 1490年 - 1508、マドリードII 1491年 - 1505年
この2つの手稿集は1966年になって、スペインマドリードの国立図書館で再発見された。それまで存在が知られていなかったのは、誤った名前で収蔵図書目録に記載されていたためである。マドリード1は、時計を含む種々様々な機械構造と機械理論に関する考察が記された184葉(8.3in.×5.9in./21cm×15cm)。マドリード2は2つの部分から成り、全部で157葉(8.3in.×5.9in./21cm×15cm)が収められている。アルノ川の流れを変えるプロジェクト、『アンギアーリの戦い』、透視図法と光学、フランチェスコ・スフォルツァ(Francesco Sforza)の騎馬像鋳造など、注目すべきデッサンとメモが見られる。

レスター手稿

推定年代:1506年 - 1510年
革装で、18枚のダブルシート、つまり36葉(表と裏をそれぞれ1葉と数える。11.4in.×8.7in./29cm×22cm)から成る。水理学に関する研究が中心で、一部、天文学についての研究が含まれている。

1690年に、イタリアの画家、ジョゼッペ・ゲッツィ(Giuseppe Ghezzi)がダヴィンチの弟子のひとりで彫刻家のグリエルモ・デラ・ポルト(Guglielmo della Porto)の文箱から見つけた。1717年にイギリスのレスター伯爵トーマス・コーク(Thomas Coke, Earl of Leicester)が購入し、それにちなんで、レスター手稿(Leicester codex)の名で呼ばれていた。

1980年に、アメリカ人の石油王アーマンド・ハマーがオークションで落札し、ハマー手稿と改名。ハマーの死後、ハマー財団の美術館が所有していたが、相続人が起こした訴訟によって、美術館に資金不足が生じ、売却を余儀なくされた[1]。1994年にビル・ゲイツが約30億円($30,802,500)で購入し[2]、名前をレスター手稿に戻した。ゲイツ所有後は、年に1度、1か国、1か所のみで展示されることになっている[3]

杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

初版は上巻が1954、下巻が1958年。 日本でもっとも入手しやすい邦訳だが、現存手稿の全訳ではなく、選集である。

  • 1967年発見の「マドリード手稿」は翻訳されていない。

各章断章の元手稿

CA:アトランティコ手稿、 パリ:パリ手稿 (A-M)、 Ash:アッシュバーナム手稿、 Ar:アランデル手稿、 DeAnとQuAn:ウィンザー解剖手稿、 W:ウィンザー図書館断片、 Fo:フォースター手稿、 Lu:『絵画論』、 Tr:トリヴルツィオ手稿、 Lei:レスター手稿、 V.U:トリノ鳥の手稿、 acque :水の手稿、 R: J.P.Richterドイツ語版編著 (1883) から

CAパリAshArDeAnQuAnWFoLuTrLeiV.UacqueR
6123
人生論2336231242151
生と死とについて59221
問答11111
霊魂について14626362112
時間と無9151
文学
寓話33679
笑話85231
動物譚101
預言993414151
東方旅行4
巨人について51
「絵の本」から142
絵画と他の芸術との比較27
画家の生活と勉強3951
遠近法1133
解剖2
美について1101
運動と表情241
構図52
衣服2
光、影、色2111
風景11
自然11026219
大洪水と戦争3113
科学論
経験1621
自然441111
理論と実践2421
数学231
力、運動61012112
32
天文618211215
63114
61
空気813371
1031622534
地質と化石7531817
鳥の飛翔183533171
解剖学9416121123
比較解剖学110
植物231
技術
都市計画等2221
水利計画16
軍事技術3211110
手紙とメモ
手紙202
メモ6125
旅行メモ4716
翻訳、転写11121

脚注

邦訳・資料文献

関連項目

外部リンク

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