旧和中散本舗
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建築
大角家の屋敷地は、旧東海道を挟んで南北に分かれている。南側の敷地には街道に面して切妻造の主屋、その左に表門が建ち、北側の敷地には隠居所、馬繋、薬師堂が建つ[4]。
主屋は「店舗、製薬所、台所、居間」部と、その左手奥(東)にある「玄関、座敷」部からなる。「店舗、製薬所、台所、居間」部は、桁行十間(19.4メートル)、梁間九間(19.1メートル)、切妻造、本瓦、桟瓦及び銅板葺き。「玄関、座敷」部は桁行8.8メートル、梁間8.5メートル、切妻造、銅板葺きで、南面に突出部があり、桁行5.1メートル、梁間7.0メートル、入母屋造、桟瓦葺きとする。当家の系図によると、延宝4年(1676年)に家督を継いだ3代目の当主のときに建て替えを行っているところから、「店舗、製薬所、台所、居間」部は17世紀末、「玄関、座敷」部はやや遅れて18世紀前半の建立と推定される[5]。
「店舗、製薬所、台所、居間」部は街道に面し、細い通りにわ(土間)を挟んで、左に畳敷きの「東みせ」、右に板敷きの「西みせ」がある。「西みせ」には木製の動輪、歯車、石臼からなる製薬機が残る。動輪は直径3.6メートルあり、この中に人間が入って回転させると、その動力が石臼に伝わる仕組みになっている。これは実演販売のはしりとも言われている。「東みせ」の正面は
「東みせ」の向かって左(東)には薬医門形式の正門(江戸時代中期)が建ち、これを入ると千鳥破風を構えた「玄関、座敷」部がある。「玄関、座敷」部は、「店舗、製薬所、台所、居間」部と接続しているが、家族の居住用ではなく、高貴な来客用の空間である。式台玄関を入ると「玄関の間」(10畳)がある。玄関正面の欄間には鶴亀の浮彫彫刻を嵌める。その奥は右が8畳、
隠居所は桁行12.9メートル、梁間7.0メートル。南面に突出部があり、桁行5.9メートル、梁間6.9メートル、いずれも入母屋造、桟瓦葺きとする。6畳(床・書院付き)、次の間4畳、奥の間、仏間、台所、土間からなる。江戸中期の建築とみられる[2]。
