旭川ライブジャム
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1986年にカムイスキーリンクスで初開催[1]、当初は「旭川ミュージックフェスティバル カムイLIVE JAM'86 in ASAHIKAWA」として開催[2]。
「旭川は北海道第二の都市にも関わらず一流歌手のコンサートが殆ど開催されない、自分たちの手で呼べないか」との思いや町おこしの一助となる事を狙い旭川市内の若者有志により企画され[3]、初年度はレイ・チャールズ・オーケストラやニューヨーク・ジャズ・オーケストラなどジャズ系の出演者が多く[2]、ジャズ・フェスティバルの色彩の強いイベントだった。
翌1987年より開催地を旭川市江丹別の「若者の郷」に移す。ボランティア組織「ライブジャム倶楽部」が運営や宣伝を担い[3]、以後は地元・旭川出身の安全地帯を始めとしてロック・ポップス系の出演者も多くなり、夏の野外音楽イベントとして定着した。1998年からは場所を、当時再開発中だった北彩都あさひかわ内の宮前球場跡地特設ステージへと移した[4]。1990年代にはNHK-FMでのラジオ特番や、衛星第2放送でのテレビ特番も編成されていた[5][6]。
しかし2000年代に入ると、会場確保が困難なことや天候に左右されない開催を求め市内の旭川大雪アリーナや旭川市民文化会館など屋内での開催となる[7]。またこの頃から開催時期が不定になり、2003年度は屋外開催の再開を検討するも出演者の日程調整が難航し2003年中の開催を断念し翌3月に繰り下げて屋内開催とした[7]。同時期にはRISING SUN ROCK FESTIVAL(1999年開始)など道内で競合となるフェスが多く立ち上がっており、その影響で集客に苦戦するようになっていた。
2004年8月からはサンタプレゼントパークでの屋外開催に戻るも若手バンドを中心とした出演陣となり[8]、2007年まで同様の形で続いたが、2009年1月17-18日に道の駅あさひかわ(旭川地場産業振興センター大展示場)で開かれた「ASAHIKAWA LIVE JAM SHOW CASE 2009」を最後に[9]、一時開催が途絶えた。
その後、2014年開催の「旭川北彩都花火大会」を引き継ぐ形で、2015年8月8日にサンタプレゼントパークにて「旭川ライブジャム花火大会2015」が開催され、6年ぶりに「旭川ライブジャム」の名称が復活してのライブイベントが行われた[10][11]。
2025年10月、「ライブジャム」復活を目指すイベントとして「road to LIVE JAM」が旭川市民文化会館で開かれた。