ARB (バンド)
日本のロックバンド (1977-)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ARB | |
|---|---|
| 別名 |
|
| 出身地 |
|
| ジャンル | |
| 活動期間 |
|
| レーベル |
|
| 事務所 |
|
| 旧メンバー | |
バンド名は、Alexander Ragtime Band(アレキサンダー・ラグタイム・バンド)のイニシャルを取った。アーヴィング・バーリンの『Alexander's Ragtime Band』からの引用。当初は「アレキサンダー・ラグタイム・バンド」とも名乗っていたが、3枚目のアルバム『BOYS&GIRLS』発売時より、「ARB」を正式名称とすることになった。
概要
1976年に結成。1978年10月25日にビクター音楽産業のInvitationレーベルから、シングル「野良犬」でデビュー。戦争や労働者、社会の在り方などを主題においた曲を数多く発表したのが特徴であり、社会派バンドとも呼ばれた。なお、労働に関する曲は「Work Song」と呼ばれ、ARBの代名詞のひとつとなっている。
1979年にアイドルとして売り出そうとした事務所と対立して独立。
1990年にボーカルの石橋凌が俳優に専念するために10月27日の国立代々木第一体育館での公演をもって解散。
1998年に復活。2006年3月には石橋がバンドから脱退。ARBとしては再び活動停止とアナウンスしているものの、石橋は解散とアナウンスしている[1]。
メンバー
第1期〈シンコーミュージック所属時代〉(1976年 - 1979年)
第1期〈シンコーミュージック独立後〉(1979年 - 1983年)
- 3 石橋凌(Vo)、田中一郎(G&B)、KEITH(Dr)
- 4 石橋凌(Vo)、田中一郎(G)、KEITH(Dr)、野中'サンジ'良浩(B)
第2期(1983年 - 1986年)
- 5 石橋凌(Vo)、KEITH(Dr)、野中'サンジ'良浩(B)、斉藤光浩(G)
- 6 石橋凌(Vo)、KEITH(Dr)、斉藤光浩(G)、ジャン=ジャック・バーネル(B)
- 7 石橋凌(Vo)、KEITH(Dr)、斉藤光浩(G)、岡部滋(B)
第3期(1986 - 1990年)
第4期(1998年 - 2006年)
- 10 石橋凌(Vo)、KEITH(Dr)、内藤幸也(G)、EBI(B)
- 11 KEITH(Dr)、内藤幸也(G)、EBI(B)
略歴
石橋と田中はARB結成前からの知り合い。
- 1976年
- 田中一郎が新興音楽出版社(現シンコーミュージック・エンタテイメント)からオファーを受け最初にKEITHに電話で「一緒にやらないか?」と声をかける。田中、宮城、エンマ、KEITHの4人でバンドを結成。
- 1977年
- ボーカリストを探していたバンドは、田中の先輩である甲斐よしひろから「石橋はどう?」と推薦されたり、ラジオパーソナリティからの紹介などもあり、オーディションにより石橋をボーカリストに選ぶ。これにより、同年春メンバー5人が揃う。
- (ボーカル候補の1人は後にオフコースのメンバーとなる松尾一彦。宮城の秋田県立能代高校の先輩でもある)
- 1978年 - 1979年
- デビュー前、後楽園球場でのピンク・レディーのコンサートにおいて前座を務めた際、白の囚人服を着て登場したところ、ビクター関係者の目にとまり、レコード会社が決まった。しかし、所属事務所のシンコーミュージックは、ARBをベイ・シティ・ローラーズのような、いわゆるアイドルグループとして売り出そうとしていた。1stアルバム『A.R.B.』発表後、純粋にロックをやりたいバンド側と事務所側の溝はさらに広がり、デビューから約1年後には独立を決意する。その際メンバーの宮城(その後にチューリップに加入。一緒に加入したドラムの伊藤薫は田中一郎がプロデビューしたリンドンのメンバー)とエンマが脱退。独立後、ベース不在のまま、シングル「魂こがして」をリリース。ベースは田中が弾いている。
- 1979年
- 1980年
- ベースにサンジ(野中良浩)を迎え、2ndアルバム『BAD NEWS』を発表。前作よりもギターサウンドを前面に打ち出したアルバムとなった。新宿ロフトなどのライブハウスをメインに活動、ライブバンドとして知れわたる。しかし、極貧生活のためメンバーは質屋通いをしていた。
- 1981年
- 3rdアルバムの『BOYS & GIRLS』発表後、ドラムのKEITHが倒れ、入院することになったが、4thアルバムの『指を鳴らせ!/Snap Your Fingers』の発売がすでに決まっていたため、やむをえずサポートのドラマーを起用して製作が行われた。そのため、アルバムのクレジット表記では“KEITH(IN THE HOSPITAL)”となっている。
- 1982年 - 1983年
- 5th〜6thアルバムを発表。初期のロックンロールオリンピックに毎年のように出演していた。
- 1983年 - 1984年
- バンドのリーダーで、多くの楽曲の作曲をしていた田中一郎脱退。
- その後、ツアーは複数のサポートギタリストを起用。その中から適任と思われたBOWWOWの斉藤光浩を勧誘。
- 斉藤自身も環境の変化を求めていたこともあり、BOW WOWから移籍し、正式加入する。
- 結果、ARB、甲斐バンド、VOW WOW(BOW WOWから改名)という3つのバンドが絡む移籍劇が成立する。
- 斉藤の加入により、田中時代のギターバンド路線を踏襲しつつも、田中時代より若干ポップな楽曲が発表されるようになった。
- しかし、ギター交代の束の間、不祥事によりベースのサンジを解雇することになる。その際、KEITHの親友であるストラングラーズのジャン=ジャック・バーネルが急遽来日し、ベーシストとして一時参加した。7thアルバム『YELLOW BLOOD』にも2曲参加している。その後、オーディションにより岡部滋が正式ベーシストとして加入した。
- 1985年 - 1986年
- 1986年
- 斉藤が円満脱退し、白浜久が加入(斉藤の最終ライブに花束を持って白浜が来場。5人での演奏をしている)
- 白浜の加入により、それまでの田中〜斉藤時代の方向性とは大きく異なり、必ずしもギターを軸としない楽曲、打ち込みを多用した楽曲が発表されるようになる。ライブでは過去の楽曲にも打ち込み要素を加えたアレンジをして演奏していた(「Give me a chance」「BLUE COLOR DANCER」など)。
- 9thアルバム『ONE and ONLY DREAMs』発表。
- 1987年
- 打ち込み多用の集大成ともいえる10thアルバム『ROCK OVER JAPAN』を発表。このアルバム発表後に、岡部が脱退。シーナ&ロケッツの浅田孟が加入。
- (浅田と白浜はメジャーデビュー前のTHE MOZZ=THE MODSで一緒に活動していた)
- 浅田が加入したころになると、バンドは再びバンドサウンドを基調とした活動に戻っていった。また、シングル「SWEAT, HEART & BRAIN」のカップリングとして、田中時代の楽曲「BAD NEWS」「DO IT! BOY」のアレンジ版がリリースされた。ライブでは引き続き過去の楽曲のアレンジが行われていたが、白浜加入初期の打ち込みアレンジではなく、バンドサウンドを維持しながら曲展開の変更、コード進行の変更、ギターソロのない曲にギターソロを加えたりしていた。
- 1988年
- デビュー10周年にして初の日本武道館ライブを敢行。
- 1989年
- 12thアルバム『SYMPATHY』を発表。オーストラリアでの初の海外レコーディングが行われた。本作に収録されている「MURDER GAME」は歌詞の内容が宮﨑勤による東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件に酷似しているとNHKから指摘があったため、放送禁止になった。
- 1990年
- 松田優作の急逝を受けて石橋が俳優転向宣言。これによりARBは活動停止。ラストツアーとなる「THE LONGEST TOUR」では、ゆかりのあるミュージシャンをゲストとして多数呼び、敢行された。ツアー最終日の最後に演奏された曲は「明日へのBOOGIE」であった。10月27日、国立代々木第一体育館での公演をもって解散。
- 1997年 - 1998年
- 再結成を発表。新メンバーを公表せずに当時は新宿・小滝橋通りにあった新宿ロフトで新体制による初ライブをし、石橋、KEITHに加えて、新メンバーである内藤幸也・EBI加入のお披露目のライブとなった。
- 13thアルバム『REAL LIFE』発表。
- 1999年
- 武道館ライブを行う。14thアルバム『EL DORADO』発表。このアルバムのジャケットは、メンバー全員が1970年代風のテニスウェアに身を包んでいるという“らしくない”ものであった。
- 2001年
- 15thアルバム『HARD-BOILED CITY』発表。歌詞の一部がレコード制作基準倫理委員会に引っかかり、リリースを一度延期し、歌詞を変えたうえでの発売となった。ライブでは元の歌詞で歌われている。
- 2002年
- ブッシュ政権のイラクへの宣戦布告を受けて、石橋凌ソロシングル「忘れてはイケナイ物語り」を発表。カップリングとしてARB名義の楽曲「HEY! WAR」が収録された。
- 2003年
- デビュー25周年ツアーを実施。16thアルバム『KAZA-BANA』を発表。長らくビクター系列とのリリース契約が続いていたが、本作はM&I COMPANYからのリリースとなった。
- 2005年
- 東北楽天ゴールデンイーグルスの公認応援歌「荒鷲のうた」を発表。
- 2006年3月1日
- 石橋の脱退表明により活動停止。
- 活動停止後の各メンバーの活動
- 石橋は俳優活動にしばらく専念したのち、2011年より音楽活動を再開する。
- KEITHは各種イベントにドラマーとして参加する。
- 内藤は、EBIとともにSDRに参加したり、もともとARBと並行していた自らのバンドの活動を活発化させる。
- EBIはSDRに参加したのち、ユニコーンの再結成に参加。
- 2018年 デビュー40周年節目の年。10月25日に新宿ロフトにて、ARBデビュー40周年 「ARB SONGS ALL TIME BEST」開催。ドラム・キース。初代ギタリスト・田中一郎、2代目ギタリスト・斉藤光浩、4代目ギタリスト・内藤幸也。6代目ベーシスト・EBIが参加。ARBに影響を受けた多くのアーティストらがゲスト出演した。 宮田和弥、延原達治、暴動(=宮藤官九郎)、イノウエアツシ、MAGUMI他
エピソード
あるディレクターから「他の売れてるバンドのように洋楽のサウンドをパクってラブソングを歌え」と言われたが、書きたい詞やサウンドにこだわりがあったARBは頑なにそれを拒否した。売れることに抵抗していたわけではなく、自分たちのロックを忘れずにお茶の間に入っていきたいという思いがあったからであると石橋凌は語っている。(石橋凌 著「表現者」より)
ARBのファンのことを「ARB KIDS」という。なお、最初の解散までは「ARB JAM」というファンクラブが存在していた。
ユニコーン、甲本ヒロト、真島昌利、JUN SKY WALKER(S)、BOØWY、福山雅治、ニューロティカをはじめ、数多くのミュージシャンに影響を与えた。田中一郎は、下の世代のミュージシャンがARBを見て、自分にもバンドがやれそうな気がしたと言うのは、矢沢永吉や桑田佳祐、世良公則みたいなスター然としたミュージシャンがいた中で、ARBはちょっと違ったんだろうと分析している[4]。1998年にはカバーアルバム『ARB COVERS』が発売されたが、大槻ケンヂが「さらば相棒」を宴会のカラオケ風にカバーした。ユニコーンはライブで「R&R AIR MAIL」をカバーしていた。のちにメンバーとなるベーシストのEBIはARBが大好きだったことから「ARB」と呼ばれていたのが、いつの間にか省略されて「EBI」となった。
福山雅治のデビューアルバムは福山本人からの要望で白浜がプロデューサーとして参加し、楽曲制作にも関わっている。福山は石橋凌のソロアルバム「表現者」にボーナストラックとして収録されている「AFTER’45」にゲストボーカルとして参加している。
斉藤はARB脱退後に甲斐よしひろ and project Kに北島健二の後任ギタリストとして加入。そこで田中一郎とツインギターで活動。 のちにキーボードの上綱克彦らとともに田中のソロプロジェクトに加わり、Oneboy Players、KIT16、Watch Tower等で田中と活動を共にする。KIT16には榎本高の後任としてベーシストとして加入するなど、活動を共にすることが多い。
1991年に斉藤がソロデビューした際の1stアルバムのヴォーカルプロデュースを田中が担当している。
プロレス団体のZERO-ONE社長であった橋本真也と交友があった関係で、ZERO-ONEに「ゼロワン戦士の詩」という歌を提供している。橋本死去後も、ZERO-ONEの後身となったZERO1-MAXの会場や中継番組で「HARD-BOILED CITY」「LONESOME RYDER」といった曲が使用されている。ZERO1-MAXの会場でメインイベント終了後に「HARD-BOILED CITY」が流れる。
田中と白浜は父親同士が同じ福岡の少年院の教官として働く同僚だった。その関係で同じ職員宿舎で育った幼馴染であり。田中と白浜の兄は同級生。白浜は大学卒業後に神奈川の少年院で父と同じ仕事に就くが退職後にソロアーティストとしてデビューした。
最初の解散後、田中と白浜は「三宅裕司のいかすバンド天国」で審査員として複数回共演。
2004年、歴代のギタリスト、田中・斉藤・白浜の3人が、ARENA37℃のライター角野恵津子の企画により「ロックな三色丼」というタイトルのライブを行った。
2011年、テレビアニメ『輪るピングドラム』内の挿入歌・エンディングテーマとして、10曲がカバーされた。
最初の解散後、新宿LOFTでの田中一郎ライブにて、斉藤・白浜の2人がサプライズで登場し、歴代のギタリスト3人がセッションした。
ディスコグラフィ
シングル
| # | 発売日 | タイトル | c/w | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|---|
| ビクター音楽産業 / Invitation | |||||
| 1st | 1978年10月25日 | 野良犬 | OH! PLEASE | EP | VIH-1028 |
| 2nd | 1979年4月25日 | ワイルド・ローティーン・ガール | ジャックナイフ・ブルース | EP | VIH-1044 |
| 3rd | 1979年12月20日 | 魂こがして | Tokyo Cityは風だらけ | EP | VIH-1068 |
| 4th | 1980年7月21日 | ノクターン・クラブ | R&R AIR MAIL | EP | VHX-1510 |
| 5th | 1980年11月1日 | BLACK X'mas |
|
EP | VIHX-1523 |
| 6th | 1981年2月21日 | ダディーズ・シューズ | シェリーは昼間は死んでる | EP | VIHX-1531 |
| 7th | 1982年5月21日 | クレイジー・ラブ | エイリーン | EP | VIHX-1576 |
| 8th | 1982年11月21日 | さらば相棒 | ピエロ | EP | VIHX-1595 |
| 9th | 1983年4月21日 | トラブルド・キッズ | Give Me A Chance | EP | VIHX-1604 |
| 10th | 1985年3月21日 | Deep Inside | Fight it Out! | 12inch | VIH-502 |
| 11th | 1985年7月21日 | Blue Color Dancer |
|
12inch | VIH-503 |
| 12th | 1986年3月21日 | God Bless The Ring |
|
12inch | VIH-506 |
| 13th | 1986年8月21日 | AFTER '45 | 踊り娘ルシア | EP | VIHX-1696 |
| 14th | 1986年11月21日 | プライベートガール | SPEED OF LOVE | EP | VIHX-1704 |
| 15th | 1987年5月21日 | HAPPINESS | SAY! NO!! | EP | VIHX-1714 |
| 16th | 1988年3月21日 | SWEAT,HEART & BRAIN |
|
Maxi | VDR-15001 |
| 17th | 1988年6月21日 | SYSTEM IN SYSTEM | そして明日から | EP | VIHX-1745 |
| 18th | 1988年10月5日 | Long, Long Way | Rock it! Baby | EP | VIHX-1745 |
| 8cmCD | VST-10438 | ||||
| 19th | 1989年10月21日 | MURDER GAME | NO EASY ROAD | 8cmCD | VDRS-1188 |
| ユニバーサルビクター | |||||
| 20th | 1998年2月21日 | TOKYO OUTSIDER |
|
Maxi | MVCH-9004 |
| 21st | 1998年9月23日 | INFINITELY | Maxi | MVCH-12005 | |
| 22nd | 1999年7月16日 | 反逆のブルースを歌え |
|
Maxi | MVCH-12010 |
| ユニバーサルミュージック | |||||
| 23rd | 2001年6月13日 | HARD-BOILED CITY |
|
Maxi | UUCH-5017 |
| M&I COMPANY | |||||
| 24th | 2005年2月16日 | 荒鷲のうた | 荒鷲のうた (オリジナル・カラオケ) | Maxi | MYCD-20007 |
アルバム
オリジナル・アルバム
| # | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|
| ビクター音楽産業 / Invitation | ||||
| 1st | 1979年6月21日 | A.R.B. | LP | VIH-6044 |
| 2nd | 1980年5月21日 | BAD NEWS | LP | VIH-28002 |
| 3rd | 1981年3月21日 | BOYS&GIRLS | LP | VIH-28032 |
| 4th | 1981年11月21日 | 指を鳴らせ!/Snap Your Fingers | LP | VIH-28060 |
| 5th | 1982年6月21日 | W | LP | VIH-28085 |
| 6th | 1983年4月21日 | トラブル中毒 | LP | VIH-28122 |
| 7th | 1984年9月21日 | YELLOW BLOOD | LP | VIH-28188 |
| 8th | 1985年10月5日 | 砂丘1945年 | LP | VIH-28230 |
| 9th | 1986年11月21日 | ONE and ONLY DREAMs | LP | VIH-2827 |
| CD | VDR-1315 | |||
| 10th | 1987年6月21日 | ROCK OVER JAPAN | LP | VIH-28293 |
| CD | VDR-1380 | |||
| 11th | 1988年6月21日 | PAPERS BED | LP | VIH-28332 |
| CD | VDR-1519 | |||
| 12th | 1989年11月8日 | SYMPATHY | CD | VDR-1650 |
| ユニバーサルビクター | ||||
| 13th | 1998年3月21日 | REAL LIFE | CD | MVCH-29012 |
| 14th | 1999年8月18日 | EL DORADO | CD | MVCH-29035 |
| ユニバーサルミュージック | ||||
| 15th | 2001年6月13日 | HARD-BOILED CITY | CD | UUCH-1014 |
| M&I COMPANY | ||||
| 15th | 2003年12月17日 | KAZA-BANA | CD | MYCD-30249 |
ライブ・アルバム
| # | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|
| ビクター音楽産業 / Invitation | ||||
| 1st | 1983年12月5日 | ARB LIVE/魂こがして | LP | VIH-28152 |
| 2nd | 1989年1月21日 | LOVE THE LIVE | LP | VIH-28356 |
| CD | VDR-1578 | |||
| 3rd | 1990年12月28日 | RED BOX/ARB LIVE (1980-1990) | CD | VICL-40008/9 |
| ユニバーサルビクター | ||||
| 4th | 2000年5月17日 | 武道館LIVE〜'99.1.24 Days of ARB | CD | MVCH-30013/4 |
| M&I COMPANY | ||||
| 5th | 2004年7月14日 | LOCUS 1998-2004 ARB LIVE BEST | CD | MYCD-30287 |
| 6th | 2006年5月17日 | ARB is 20041120CompleteLive | CD | MYCD-30382 |
| LOFT RECORDS | ||||
| 7th | 2012年1月25日 | ARB 3 NIGHTS Live at Shinjuku LOFT, 23.24.25.JULY.1999 | CD | LOCA-1018/20 |
ベスト・アルバム
| # | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|
| ビクター音楽産業 / Invitation | ||||
| 1st | 1986年4月21日 | WORK SONGS | LP | VIH-28253 |
| CD | VDR-1183 | |||
| 2nd | 1987年6月21日 | DAYS OF A.R.B. Vol.1 (1978-1983) | CD | VDR-1385 |
| 3rd | DAYS OF A.R.B. Vol.2 (1984-1986) | CD | VDR-1386 | |
| 4th | 1990年10月3日 | BALLADS AND WORK SONGS | CD | VICL-68 |
| 5th | 1991年6月21日 | BLACK Xmas〜ARB SECRET SINGLES | CD | VICL-164 |
| ビクターエンタテインメント / SPEEDSTAR RECORDS | ||||
| 6th | 1993年11月21日 | DAYS OF A.R.B. Vol.3 (1986-1990) | CD | VICL-22004 |
| 7th | 1999年12月16日 | 魂、ARB COMPLETE BEST 1978-1990 | CD (初回プレス限定) | VIZL-42 |
| CD (通常盤) | VICL-60517/8 | |||
| ユニバーサルミュージック | ||||
| 8th | 2006年8月2日 | DAYS OF A.R.B. vol.4[1998-2006] | CD | UPCH-1509 |
| ビクターエンタテインメント / Invitation | ||||
| 9th | 2008年11月19日 | A.R.B. THE BEST “Long、Long Way” | CD+DVD | VIZL-313 |
| IVY Records | ||||
| 10th | 2010年9月9日 | スーパー・ベスト | CD | NCS-751 |
トリビュート・アルバム
| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| ユニバーサルビクター | |||
| 1998年3月21日 | ARB COVERS | CD | MVCH-29015 |
カバー・アルバム
タイアップ一覧
| 使用年 | 曲名 | タイアップ | 初出作品 |
|---|---|---|---|
| 1982年 | さらば相棒 | ディレクターズ・カンパニー/JOYPARK FILM提携作品『さらば相棒』主題歌 | シングル「さらば相棒」 |
| 1987年 | AFTER '45 | 東映 キティ・フィルム提携作品『ア・ホーマンス』主題歌[5] | シングル「AFTER '45」 |
| 2001年 | HARD-BOILED CITY | スカイパーフェクTV「ZERO-ONE」テーマソング[6] | シングル「HARD-BOILED CITY」 |
| 2005年 | 荒鷲のうた | 東北楽天ゴールデンイーグルス応援歌 | シングル「荒鷲のうた」 |