昌平橋駅
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| 昌平橋駅 | |
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昌平橋駅(昌平橋仮停車場)入口(1909年2月) | |
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しょうへいばし[注 1] Shōheibashi | |
![]() | |
| 所在地 | |
| 所属事業者 | 帝国鉄道庁→鉄道院(国有鉄道) |
| 所属路線 | 中央東線→中央本線 |
| キロ程 | 0.0 km(昌平橋起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1908年(明治41年)4月19日 |
| 廃止年月日 | 1912年(明治45年)4月1日 |
| 備考 | 万世橋駅開設に伴い廃駅 |
上の写真とほぼ同位置から撮影
昌平橋駅(しょうへいばしえき)は、東京府東京市神田区(現:東京都千代田区)にあった国有鉄道(開業時は帝国鉄道庁、廃止時は鉄道院)中央本線の駅。
万世橋駅の開業によって、1912年(明治45年)に廃止となった。
年表
1904年(明治37年)12月31日に、甲武鉄道は飯田町駅から御茶ノ水駅[注 2]までを開業。直ちに御茶ノ水駅から万世橋駅までの工事に着手するが、工事途中の1906年(明治39年)10月1日に甲武鉄道が鉄道国有法(明治39年3月31日法律第17号)により国有化される。工事は国有鉄道に継承され、万世橋駅延伸までに約7年を要した。
その間、1908年(明治41年)4月19日に御茶ノ水駅以東の0.3哩(≒0.48 km)が延伸開業し、仮駅(仮停車場)として紅梅河岸高架橋上に昌平橋駅(昌平橋仮停車場)を設置した。1911年(明治44年)5月1日に中央本線が全通すると、名古屋に至る中央本線の始発駅(起点)となったが、1912年(明治45年)4月1日に万世橋駅までの0.2哩(≒0.32km)が延伸開業され、仮駅の昌平橋駅は廃止された。
2014年(平成26年)12月13日、御茶ノ水駅開業110周年を記念して記念入場券が発売され、万世橋駅及び昌平橋駅のレプリカ入場券が付属した[1]。
駅構造
仮駅として開業したため本格的な駅舎は建設されず、煉瓦造り4連アーチの紅梅河岸高架橋上に仮設のプラットホームと木造ホーム上屋が設けられた。駅入口と改札は高架橋の1番アーチ(神田方)に設けられ、神田川に張り出して設置された仮設階段から、高架橋上のプラットホームに上がる構造だった。
プラットホームは片面ホーム1面1線で、プラットホーム東端で仮設階段と連絡していた。また、神田川側に側線が設けられていた。
仮駅廃止に伴い構造物は撤去され、現在は駅の痕跡すら存在しない。また、紅梅河岸高架橋下のアーチ部は個人商店や倉庫として使われていたが、ジェイアール東日本都市開発により再開発され、2008年(平成20年)に聚楽グループのエル・チャテオデルプエンテ(JR紅梅橋高架下1号)、酒亭じゅらく お茶の水店(JR紅梅橋高架下2号)、Chinese Café 杜蘭香(JR紅梅橋高架下3号)、CAVE BAR 紅梅河岸(JR紅梅橋高架下4号)が入居している。
駅画像
- ホーム(1908年4月)
- 昌平橋駅(左奥)と昌平橋架道橋(1908年7月)
- 遠景(1908年4月)
- 昌平橋駅(右奥)と建築中の万世橋高架橋(1909年5月)
隣の駅
- 鉄道院
- 中央本線
- 昌平橋駅 - 御茶ノ水駅
