昔昔亭桃太郎

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本名柳澤やなぎさわ 尚心たかみ
生年月日1945年5月20日
没年月日 (2025-12-28) 2025年12月28日(80歳没)
3代目 昔昔亭せきせきてい 桃太郎ももたろう
3rd Sekisekitei Momotaro
3代目 昔昔亭(せきせきてい) 桃太郎(ももたろう)3rd Sekisekitei Momotaro
昔昔亭桃太郎定紋「葉付き桃」
本名 柳澤やなぎさわ 尚心たかみ
生年月日 1945年5月20日
没年月日 (2025-12-28) 2025年12月28日(80歳没)
出身地 日本の旗 日本長野県小諸市
死没地 日本の旗 日本東京都板橋区
師匠 5代目春風亭柳昇
弟子 昔々亭慎太郎
11代目柳亭芝楽
4代目春風亭愛橋
昔昔亭桃之助
昔昔亭A太郎
昔昔亭喜太郎
昔昔亭昇
名跡 1. 春風亭昇太
(1965年 - 1969年)
2. 春風亭とん橋
(1969年 - 1972年)
3.春風亭笑橋
(1972年 - 1980年)
4. 3代目昔々亭桃太郎
(1980年 - 1987年)
5. 3代目昔昔亭桃太郎
(1987年 - 2025年)
出囃子 旧桃太郎の唄
錆びたナイフ
活動期間 1965年 - 2025年
活動内容 落語家
所属 日本芸術協会
→落語芸術協会
主な作品
裕次郎物語
歌謡曲を斬る
ぜんざい公社
カラオケ病院ほか
備考
落語芸術協会理事(1995年 - 2004年)
落語芸術協会常任理事(2004年 - 2006年)
落語芸術協会理事待遇(2006年 - 2010年)
落語芸術協会理事(2010年 - 2011年)

昔昔亭 桃太郎(せきせきてい ももたろう、1945年5月20日 - 2025年12月28日)は、落語芸術協会所属の落語家長野県小諸市出身。本名∶柳澤 尚心出囃子∶『旧桃太郎の唄』。

長野県更級農業高等学校を卒業した[要出典]

1965年6月、5代目春風亭柳昇に入門、前座名は「昇太」。1969年4月、二ツ目に昇進し、「春風亭とん橋」と改名。1972年、「笑橋」と改名。[要出典]

1981年10月、真打に昇進し、「3代目昔々亭桃太郎」と改名[要出典]。昔々亭桃太郎を名乗った落語家が何人いたか正確な数は不明だが、本人は「初代は鬼が島に行った人で、自分は三代目」と発言している[1](落語芸術協会のホームページや、本人のサインでは三代目となっている)。1987年、画数のため、「3代目昔亭桃太郎」と改名[要出典]

2025年12月28日12時30分、敗血症のため東京都板橋区にある帝京大学医学部附属病院で死去した[2][3]80歳没。死去直前まで高座で活動しており、生前最後のテレビ出演は12月5日浅草演芸ホールで収録し、2026年2月1日千葉テレビ放送で放送された『浅草お茶の間寄席』。生前最後の高座は同月13日、長野市内での落語会で、演目は『カラオケ病院』であった。この落語会出演後に、脚が動かなくなり病院へ救急搬送され、さらに他の身体の不調も見つかり入院療養していたという[4]。葬儀は近親者で執り行われた[2]。戒名は「昔門院風誉桃京居士」[5]、墓所は長野市の常念寺[6]

2026年1月23日に桃太郎の出演が予定されていた「昔昔亭の会(昔昔亭桃之助の会)」(お江戸上野広小路亭)は、急遽、追悼の会となった。出演は桃之助・A太郎・喜太郎・昇[6]

なお弟子のうち、六番弟子の喜太郎が2026年5月の真打昇進が決定しており、それを前にしての急逝となったが[2]、喜太郎については桃太郎門下として真打昇進披露を迎えることとなった。七番弟子の昇は江戸落語界の慣例通り、同年4月に兄弟子で惣領弟子でもあった昔々亭慎太郎門下に直った。

人物

寄席の客からの通称は「桃ちゃん」。主に新作落語を得意とし、そのユーモラスな内容と斬新な語り口で人気を博す。マクラでは、ダジャレで締める小咄(「山の遭難」「くさい芸人」「野球中継」など)をいくつか繰り出すのが通例となっている。大の巨人ファンでもあり、枕に野球のネタを織り込むこともある。[要出典]

座布団の横に湯飲み茶碗を置くことが多い。一度口を湿らせたあと、「せこい茶碗だね、これじゃ田舎の田植えだよ」とぼやくギャグを繰り出す。ただし多くの場合、茶碗は自分で持参したものであり、同じ型の茶碗を複数買いだめしていた。[7]

三遊亭白鳥との二人会「桃白鳥」、弟弟子の春風亭昇太との二人会なども行った。風貌が漫画家赤塚不二夫柳家さん喬に似ていて、自身もよくマクラなどでネタにする。[要出典]

1960年代前後の歌謡曲に造詣が深く、「歌謡曲を斬る」という得意ネタもある。さらに2018年時点で、自身は「ルイジアナ・ママ」(飯田久彦)などを歌い、弟子(弟弟子も含む場合もある[8])や若手にツイストを踊らせる余興を一席の後に披露することがある。[要出典]

石原裕次郎ファンで「裕次郎物語」という自作の新作落語をネタに持っており、裕次郎の死去から1か月後に閃いたとして、桃太郎が噺家となって初めて手掛けた新作であるという[9]

愛読書は「課長島耕作」。ブルドッグ好き。[要出典]

ビートルズのファン。5代目春風亭柳昇が存命のころに吉祥寺で月一でやっていた落語会に出てくれと依頼されて、引き受けた。しかし、落語会の3日前に買っていたポール・マッカートニーのライブチケットを見たら公演日が落語会と同じ日であった。桃太郎は「ポールは10年に一度しか見れないが吉祥寺の落語会は月一でやってるからよいか」、とポール・マッカートニーのライブを選び、柳昇に電話して「師匠すみません。落語会に出ると言ってましたが、落語会の日、ポール・マッカートニー見に行くので落語会は代わりの芸人さんにお願いします」と断った。柳昇は承知した。しかし後日、弟弟子から電話で「師匠が怒ってましたよ。「桃太郎の奴、私の落語会断ってポール牧見に行きやがった」って」と言われて言い訳するのが馬鹿馬鹿しくなったことがある。[要出典]

役職

  • 落語芸術協会理事(1995年 - 2004年)
  • 落語芸術協会常任理事(2004年 - 2006年)
  • 落語芸術協会理事待遇(2006年 - 2010年)
  • 落語芸術協会理事(2010年 - 2011年)

演目

新作落語を中心に演じていた。

  • 裕次郎物語 - 代表作。石原裕次郎と自身をとぼけた間で比較していく[1]
  • 歌謡曲を斬る - 昔の歌謡曲をあれこれ歌いながら、歌詞の矛盾を突く。
  • 金満家族 - 金が使い切れず困っているのに、さらに金が入り途方に暮れる金持ち家族の噺。
  • カラオケ病院 - 師・春風亭柳昇の作だが、独自にアレンジを施している。
  • ぜんざい公社(※上方落語由来)
  • 結婚相談所(上方の代書とあらすじが酷似している。)
  • 世界を斬る
  • 高校番長物語
  • 柳昇物語
  • お見合い中
  • 受験家族 - 高校受験に落ち、一浪した息子の高校合格発表の日、息子を心配する夫婦のやり取りが、妻が息子と隣人の息子を比較、夫が妻と隣人の妻を比較して隣人の妻を誉めた事をきっかけに過去の出来事を引き合いに出し、口喧嘩に発展する噺。

など

また、稀にではあるが『勘定板』『魚根問』『不動坊』『片棒』などの古典落語を演じることもあり、『不動坊』と『片棒』は後輩の三遊亭圓馬に教わったという[9]。大ネタとしては『寝床』などを持っているが、演じると時事などのくすぐりを多く入れるため、50分以上かかってしまうので大ネタは落語の定席ではかけていない[9]

CD

CD

  • キング名人落語寄席 「裕次郎物語」「ぜんざい公社」 (2001年3月、キング
  • 裕次郎物語(2003年6月、キング)*上記「名人落語寄席」と同一音源。
  • 昔昔亭桃太郎1「金満家族」「結婚相談所」(2004年5月、ワザオギ
  • 昔昔亭桃太郎2「受験家族」「寝床」(2005年6月、ワザオギ)
  • 昔昔亭桃太郎3「唄入りぜんざい公社」「御見合中」(2009年5月、ワザオギ)
  • 昔昔亭桃太郎名演集1「不動坊」「お見立て」(2009年1月、ポニーキャニオン
  • 昔昔亭桃太郎名演集2「死神」「春雨宿」(2009年12月、ポニーキャニオン)
  • 昔昔亭桃太郎名演集3「茶の湯」「桃太郎」「勘定板」(2013年6月、ポニーキャニオン)
  • 昔昔亭桃太郎名演集4「芸協物語」「ちりとてちん」(2014年8月、ポニーキャニオン)

一門弟子

直弟子

真打
二ツ目
  • 昔昔亭喜太郎 - 真打昇進披露約半年前に師匠が没したが、桃太郎門下として昇進披露を迎えることとなった[10]
  • 昔昔亭昇 - 師匠没後、兄弟子の昔々亭慎太郎門下へ移籍

廃業

  • 昔昔亭ぴいち
  • 昔昔亭純太郎

脚注

関連項目

外部リンク

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