東京かわら版
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誌面には、東京近辺の演芸場の番組、落語・講談・浪曲などの公演情報のほか、演芸関係者や愛好家による随筆、落語家のインタビュー記事や各種コラムが並ぶ[2]。刊行間隔は月刊であり、判型は新書版をやや大ぶりにしたA5判変形を採る[2]。この判型は、定型郵便に収まるサイズとして1975年に採用された[3]。1号あたりのページ数は刊行時期によって異なり、A5判変形となった1975年9月号(通号11号)は32ページだったが、1991年に50ページ前後になって以降、逐次増加し、通号500号を迎えた2015年時点では110ページ前後、通号600号に当たる2023年7月号は186ページとなっている[4][5][6]。
東京の通常の寄席定席興行で、当日券購入時に東京かわら版当月号の該当ページを提示すると、料金が割引となってページにスタンプが押されて戻ってくるサービスがある(鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・国立演芸場定席)。割引額・利用可能回数・割引対象などは寄席によって異なる。
1998年から2010年までは、4月号又は5月号の増刊として『寄席演芸年鑑』を各年刊行していたが、2011年以降は刊行間隔が不定期となる[7]。近刊では、2021年9月号増刊(通号578号)の『東西寄席演芸家名鑑2』がある[7]。
定期購読は編集部からの直送と富士山マガジンサービスの利用が可能。書店での扱いは関東圏が中心で、他は寄席定席での販売、一部落語会での編集部の直販、大手書店、楽天ブックスでの扱いがある。地方での書店経由の入手は地方・小出版流通センター扱いとなる[8]。2022年11月号より電子版をreaders storeで配信[9]。編集部経由の定期購読者で希望者には全ページPDFを無料送信するサービスがある(月ごとの申込が必要)。
沿革
1970年代初頭に『ぴあ』、『シティロード』が創刊するが、両誌は映画・演劇情報が主であり、落語などの演芸情報が手薄い状況に不満を覚えた井上和明は自ら情報誌を立ち上げることを決める[10]。演芸場に貼られたポスターやチラシなどから公演情報を集め、1974年10月に有限会社東京月刊情報社を設立、同年11月号を創刊号として『東京かわら版』が始まる[3][10]。創刊当時はタブロイド版の8ページ構成だった[10]。
1975年9月号(通号11号)から判型をA5判変形に改める[3][10]。また、同号から橘右近が題字の寄席文字を担当するようになる[10][11]。その後、有限会社東京月刊情報社の商号を有限会社東京かわら版に改め、1977年5月号(通号31号)から同商号が版元として記載される[4][12]。1980年前後には、演芸の公演情報だけではなく、木村万里や夢月亭歌麿らによるインタビュー記事や評論記事も充実していき、演芸愛好家からの評価が固まっていった[11][13]。
1989年に大友浩(2代目編集人)、1994年に佐藤友美(3代目編集人)が編集部に加わる[5][14]。1999年5月号より「東京かわら版」の題字が橘右橘の手によるものとなる(~現在)。
2004年11月号より佐藤友美が3代目編集人に就任。表紙のカラー化、有名人による巻頭エセー「私と落語、落語と私」などの企画を打ち出す。
2000年代半ばの落語ブームを機にページ数が大幅に増加していき、「しゃべれどもしゃべれども」といった落語を題材にした映画作品などの特集記事も誌面を飾っていくようになる[15]。
2015年から「東京かわら版新書」と銘打った誌面連載記事などの書籍化が始まる[5]。