星くず兄弟の伝説 (映画)

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監督 手塚眞
脚本
  • 手塚眞
  • 原案 近田春夫
製作 「星くず伝説」プロジェクト
製作総指揮 近田春夫
星くず兄弟の伝説
Legend of Stardust Brothers
監督 手塚眞
脚本
  • 手塚眞
  • 原案 近田春夫
製作 「星くず伝説」プロジェクト
製作総指揮 近田春夫
出演者
音楽 近田春夫
撮影 大沢栄一
編集 岸真理
手塚眞
配給 シネセゾン
公開 日本の旗 1985年6月15日
上映時間 98分
製作国 日本日本の旗
言語 日本語
前作 午後の凍結 (1984年)
次作 DATA (1985年)
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星くず兄弟の伝説』(ほしくずきょうだいのでんせつ)は、1985年(昭和60年)6月15日公開の日本映画[1][2][3][4]。製作は「星くず兄弟の伝説」プロジェクト、配給はシネセゾン[4]。上映時間は98分[4]

日本では希少なロック・ミュージカル・ムービーである[5][4]

近田春夫&ハルヲフォン」解散後、ソロとなったミュージシャン・近田春夫が、1980年(昭和55年)10月25日に発表したスタジオ・アルバム星くず兄弟の伝説』を原案に、手塚眞が監督した[6][4]。手塚は本作が商業映画の監督デビュー作である[4]

公開時には、本作の主演陣によるサウンドトラック・アルバム『「星くず兄弟の伝説」オリジナル・サウンド・トラック』が公開10日前の同年6月5日に、「スターダスト・ブラザーズ」名義のシングル『星くず兄弟の伝説』とともにリリースされた。

2018年(平成30年)1月20日、続編映画『星くず兄弟の新たな伝説』が公開[1][7]

あらすじ

シンゴとカンはライバル同士であったが、大プロデューサーのアトミック南にスカウトされ、2人組のミュージシャン「スターダスト・ブラザーズ」としてアトミック・プロからデビューする[4]。アトミック・プロに所属する歌手志望の少女マリモはそんな2人のファンクラブ会長となる。

南の戦略は当たり、スターダスト・ブラザーズは瞬く間に人気スターとなり、シンゴとカンは調子に乗って実力も伴わずにやりたい放題で人気は下がり始める[4]。マリモのほうが人気スターになり、いつしか2人とは立場が逆転していた[4]

南は手腕を買われ、ある政治家の子息・虹カヲルをデビューさせることになり、これにも成功。カヲルも人気スターの座につくが、カヲルはハンサムなその容貌と陰湿で屈折した性格をもっていた。マリモに惚れたカヲルは、マネージャーを使ってマリモをホテルに呼び出すが、シンゴとカンはマリモの救出に成功する。カヲルは私設ギャングを率いて3人を追い、カヲルはシンゴを銃で撃つ。弾丸は飛び出してきた南に命中してしまう[1][7][8]

キャスト

スタッフ

製作

企画

もともと近田が同名アルバムを企画した際に、近田が偏愛する映画『ファントム・オブ・パラダイス』(監督ブライアン・デ・パルマ1974年)を下敷きにした「架空のロック・ミュージカル映画のサントラ盤」として考えていた[6]。したがって当時『星くず兄弟の伝説』なる映画は、近田の脳内にしか存在しなかったのであるが、アルバム発表の5年後に映画化が実現した。近田と手塚がテレビの番組で競演した際、意気投合したことから近田から手塚に制作依頼があった[1]

キャスティング

主人公の「スターダスト・ブラザーズ」のシンゴ役とカン役に、「8 1/2」の久保田しんご(現久保田慎吾)と元東京ブラボーの高木一裕(現高木完)、マリモ役に戸川京子、虹カヲル役にDER ZIBETISSAY、そしてアトミック南役には尾崎紀世彦が起用された。

脇役カメオ出演的に多彩な顔ぶれがそろえられ、ミュージシャン(サンプラザ中野高野寛、海琳正道、泉水敏郎、江蔵浩一、大木雄司、近田春夫、高木英一ら)、漫画家イラストレーター渡辺和博永島慎二モンキー・パンチ高橋葉介太田螢一)、小説家構成作家等の著述家石上三登志景山民夫高田文夫中島らも新井素子)、コピーライター川崎徹、加藤文近)、映画監督黒沢清)、特撮的な俳優(大村千吉佐々木剛)らが出演している。ダンサーには、池田新一(現ラッキィ池田)と南潤子(現南流石)がいた。森田一義島田紳助山村美智子三宅恵介荻野繁らは一瞬の出演。

プロデューサー

プロデューサーの一人・春田克典は、東映動画(東映アニメーション)出身で[9]、映画『俗物図鑑』(監督内藤誠1982年)の製作を経て、アニメーション映画少年ケニヤ』(監督大林宣彦1984年)で助監督を務めた人物で[9]、現在[いつ?]アニメ製作会社・株式会社ハルフィルムメーカー代表取締役社長。高木英一は元近田春夫&ハルヲフォンのベーシストで近田の盟友で、一瀬隆重は手塚同様自主制作8ミリ映画の監督から、本作のプロデュースをもって、商業映画のプロデューサーに転向した[10]

撮影

俳優に自由に演技をさせるという自由度はありつつ、全ての絵コンテを手塚が描いて、完璧に計算がなされて、ほぼ絵コンテ通りに映像のつなぎ方など全部決めてやったという[1][11]カット割りが異常に細かく[11]、総ショットは1000以上とされ[11]、ほとんど一動作ごとにカットが切り替わるテンポ[11]。このため登場人物の動きがコマギレに分解され、切り貼りされているために、その無機質さがいっそう助長されている[11]。撮影や編集段階での変更はほとんどなく、あらかじめ手塚が意図した計画的な表現である[11]

興行

歌舞伎町シネマ2、松竹シネサロン他で公開[12]

作品の評価

監督の手塚眞は公開当時『シティロード』の星取表で映画評論を行なっていたが[12]、同誌は「ミュージカルにしてスラップスティックな青春コメディ。でいて特殊メイクにも凝り、カーチェイスもバッチリで、さらにはアニメも登場させるおもちゃ箱のような映画」などと評している[12]

黒沢哲也は「登場人物たちはみんな無機質で人形みたい。セリフは棒読み、動作はマンガチックに誇張され、パターン化されたオーバーアクション。普通は否定されているようなことを、まるで駄々っ子みたいにこれでもか、これでもかと繰り返すため、かえってそこから映画的な部分が浮上してくるという屈折した構造を持っている映画である…ただ時に各ショットに込められた思い入れが強すぎたためか、音楽と映像のテンポが乱れることがあるのが惜しい」などと評している[11]

ビデオグラム

関連書籍

関連項目

参考文献

外部リンク

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