春日井建
From Wikipedia, the free encyclopedia
愛知県丹羽郡(現江南市)生まれ。父・春日井瀇、母・春日井政子はともに太田水穂に師事した歌人であり、建も実質「潮音」系と云える。作家・ゲームデザイナーの小太刀右京は大甥にあたる。
12歳から名古屋市昭和区に住み、以後生涯を名古屋で過ごした。名古屋市立北山中学校、名古屋市立向陽高等学校に通う。1955年より父が歌誌「短歌」(中部短歌会)の編集発行を浅野保から引き継ぎ、自宅で毎月歌会が開かれるようになる。同誌に初期作品を発表し始める。
南山大学文学部英文科に入学後、中井英夫に認められ、1958年20歳のときに角川書店の「短歌」に「未青年」50首を発表。1960年、塚本邦雄、岡井隆、寺山修司らと同人誌『極』を創刊。同年、第一歌集『未青年』を刊行、三島由紀夫が序文を担当し、「われわれは一人の若い定家を持ったのである」と激賞した。この頃からラジオ、テレビ、舞台への関心が高まり、台本執筆や演出を始める。1962年、NHKドラマ「遥かな歌・遥かな里―枇杷島由来」を執筆。以後、テレビ、ラジオ、舞台の仕事を多く受け始め、作歌から遠ざかる。1963年、千種区光が丘に転居。1970年、歌集『行け帰ることなく』刊行。作歌を中断する。
1973年、演劇集団「グループ鳥人」を組織。「わが友ジミー」「お父さまの家」の公演を行う。1979年、父瀇の死により中部短歌会主幹となり、「短歌」編集発行人を引き受け、作歌に復帰する。1980年、超結社の集まり「中の会」を岡井隆、斉藤すみ子らと発足させる。1985年、愛知女子短期大学(現・名古屋学芸大学短期大学部)人文学科国語国文学教授に就任。1992年、「ほっとサンデー生放送」(テレビ愛知)のトークコーナーのキャスターを担当。同年、中日歌人会委員長。1997年、愛知女子短期大学附属東海地域文化研究所所長に就任。
1999年、咽頭がんが見つかり、抗癌剤治療、放射線治療を始める。2000年、愛知女子短期大学退職、名誉教授就任。がんが再発する。2001年、母・政子が94歳で死去。2003年、歌集『井泉』刊行。2004年、中咽頭がんのため死去。没後、歌集『朝の水』、エッセイ集『未青年の背景』刊行。
同門に稲葉京子、門下に水原紫苑、大塚寅彦、古谷智子、菊池裕、喜多昭夫、彦坂美喜子、日野一歩(蕨野)、黒瀬珂瀾、都築直子、大澤優子、杉森多佳子、長谷川と茂古、堀田季何らが居る。