春木川町
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| 春木川町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯34度23分51.2秒 東経135度27分28.4秒 / 北緯34.397556度 東経135.457889度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口情報(2024年09月末日現在[1]) | |
| 人口 | 288 人 |
| 世帯数 | 132 世帯 |
| 面積(2023年02月現在[2]) | |
| 3.055 km² | |
| 人口密度 | 94.27 人/km² |
| 設置日 | 1956年(昭和31年)9月1日 |
| 郵便番号 | 594-1133[3] |
| 市外局番 | 0725(和泉MA)[4] |
| ナンバープレート | 和泉 |
春木川町(はるきがわちょう)は、大阪府和泉市の中部地域[注釈 1]にある町名。
町の高台に位置する地蔵寺では、本尊である地蔵菩薩が「腰痛地蔵尊」の愛称で親しまれている。法要の前夜には、餅差し神輿をまつる「やしょく」と呼ばれる行事が行われるほか、父鬼町観音寺から移された阿弥陀如来像[6]の下をくぐり、腰痛平癒を祈願する祈祷が行われる。参拝者が籠り堂で一夜を過ごすこの行事は特に有名である。近年では、八雲神社の奉納行事として1955年(昭和30年)代に途絶えていた地車を復活させるなど、町の活性化にも力を入れている[7]。
河川・ため池
歴史
沿革
かつての春木川村は、周辺地域の内田村・久井村・若樫村などが1605年(慶長10年)の和泉国絵図にそろって見えるなか春木川村が史料に現れるのはさらに後である[10]。
江戸時代には伯太藩領に属した村である。当時は小規模な集落で、戸数はおおよそ50数軒とされる。村は山地に位置し、周囲の自然環境からさまざまな恵みを受けていた。集落周辺の耕地は主に畑が中心であり、水田は春木川に沿った川下の春木川出口付近に限られていた。畑では桃・柿・栗・梅・蜜柑などの果樹が植えられ、山から得られる資源も村の生活を支える重要な要素であった[11][12]。
明治に入ると和泉郡[注釈 3]春木川村となり、1889年(明治22年)には和泉郡松尾寺村・春木村・久井村・若樫村・春木川村の合併により南松尾村が発足し、村域を「大字春木川」に改称。「大字久井」に村役場を設置。その後、1896年(明治29年)に郡制の施行により泉北郡に属する。1956年(昭和31年)には和泉町、泉北郡北池田村・南池田村・北松尾村・南松尾村・横山村・南横山村の合併により和泉市が発足し「春木川町」に改称[13][14]。
住居表示
人口統計
人口と世帯数
2024年(令和06年)09月末日現在の人口と世帯数は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 男 | 女 | 丁目計 | 世帯数 |
|---|---|---|---|---|
| 春木川町 | 141人 | 147人 | 288人 | 132世帯 |
年齢別人口
2024年(令和06年)09⽉末⽇現在の年齢別人口は以下の通りである[16]。
| 丁目 | 0-14歳 | 15-64歳 | 65歳以上 | 丁目計 |
|---|---|---|---|---|
| 春木川町 | 23人 | 145人 | 120人 | 288人 |
※0-14歳は年少人口、15-64歳は生産年齢人口、65歳以上は老年人口を表す。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成07年)[17] | 436 |
| 2000年(平成12年)[18] | 397 |
| 2005年(平成17年)[19] | 348 |
| 2010年(平成22年)[20] | 321 |
| 2015年(平成27年)[20] | 274 |
| 2020年(令和02年)[20] | 240 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成07年)[17] | 106 |
| 2000年(平成12年)[18] | 100 |
| 2005年(平成17年)[19] | 96 |
| 2010年(平成22年)[20] | 94 |
| 2015年(平成27年)[20] | 86 |
| 2020年(令和02年)[20] | 83 |
小・中学校の通学区域
市立小・中学校の通学区域は以下の通りである[21]。
| 丁目 | 街区 | 小中一貫校 |
|---|---|---|
| 春木川町 | 全域 | 和泉市立南松尾はつが野学園 |
