春風亭柳枝 (2代目)
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| 2代目 | |
| 別名 | 箕森庵二柳 |
|---|---|
| 生年月日 | 1822年 |
| 没年月日 | 1874年10月12日 |
| 出身地 | |
| 師匠 | 初代春風亭柳枝 |
| 名跡 | 1. 春風亭栄枝 2. 初代春風亭柳朝 3. 2代目春風亭柳枝 |
| 活動期間 | ? - 1874年 |
2代目春風亭 柳枝(しゅんぷうてい りゅうし、文政5年(1822年)(逆算)[1] - 明治7年(1874年10月12日)[1])は、日本の落語家。本名不詳[1]。俳名は箕森庵二柳[1]。
初代柳枝の門下で、はじめは春風亭栄枝を名乗る[1]。文久初年に師匠柳枝がトリを勤めていた吾妻橋際の東橋亭に出演し、その時に名を春風亭柳朝と改める[1]。明治2年に2代目春風亭柳枝を襲名する[1]。
俳人としても秀でており、安政の大地震が起きた時は「早冬になるや桂の割るゝ音」「埋火をかきならしては独り言」と即詠している[1]。
辞世の句は「今さめる酒が真言の月の雨」[1]。戒名は全柳院量枝居士[1]。墓所は墨田区向島の常泉寺に葬られた[1]。墓石には「紅林」の文字が刻まれているが、姓か屋号かは定かでない[1]。