木村光之助 (3代)

From Wikipedia, the free encyclopedia

行司名 木村誠二
→ 3代木村光之助
本名 かわはら まこと
 川原 誠
生年月日 (1975-12-30) 1975年12月30日(50歳)
3代木村光之助
3rd Kimura Mitsunosuke
基礎情報
行司名 木村誠二
→ 3代木村光之助
本名 かわはら まこと
 川原 誠
生年月日 (1975-12-30) 1975年12月30日(50歳)
出身 日本の旗 日本長崎県雲仙市吾妻町
所属部屋 二子山部屋
花籠部屋
峰崎部屋
高田川部屋
データ
現在の階級 幕内格行司
最高位 幕内格行司
初土俵 1991年11月場所
幕内格 2026年1月場所
備考
2025年12月22日現在

3代 木村 光之助(さんだい きむら みつのすけ、1975年昭和50年)12月30日[1] - )は、大相撲幕内行司である。本名は川原 誠[1](かわはら まこと)。二子山部屋花籠部屋峰崎部屋高田川部屋所属[1]。血液型はA型[1]

長崎県雲仙市吾妻町出身[2]。元関脇の太寿山忠明(15代花籠親方)と遠縁の親戚であったことから「床山にならないか」と誘われ、太寿山が当時所属していた二子山部屋に入門[3]

入門当初、日本相撲協会所属の床山の定員が満杯であったため、枠に空きが出るのを待ちながら当時の二子山部屋師匠だった初代若乃花幹士(10代二子山)の小間使などをしていたが、NHK BSの相撲中継で行司のかっこ良さに憧れるようになり、その時に行司の定員枠に空きが出来たことから行司になることを決めて太寿山の花籠親方に申し出て行司として協会構成員になった[3]

1991年11月場所で二子山部屋から木村誠二の名で初土俵を踏む。

1992年10月に二子山部屋付きの15代花籠(元関脇・太寿山)が独立するのに同行して花籠部屋に移籍した。

2009年1月場所十枚目格昇進[4]、3代木村光之助に改名。

2012年5月24日、花籠部屋閉鎖により峰崎部屋に移籍[5]

2021年4月1日、峰崎部屋閉鎖により高田川部屋に移籍した[6]

2026年1月場所から幕内格に昇進[7]

備考

番付書きを担当している木村要之助の助手を務めており、相撲字の達筆ぶりも評価されているという[3]

履歴

参考文献

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI