木村祐志

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愛称 ユウジ[1]
カタカナ キムラ ユウジ
ラテン文字 KIMURA Yuji
国籍 日本の旗 日本
木村 祐志
名前
愛称 ユウジ[1]
カタカナ キムラ ユウジ
ラテン文字 KIMURA Yuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-10-05) 1987年10月5日(38歳)
出身地 東京都港区[2]
身長 177cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足[1]
ユース
0000-1999 風の子SC
2000-2002 川崎フロンターレU-15
2003-2005 川崎フロンターレU-18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2010 川崎フロンターレ 7 (0)
2011-2012 ギラヴァンツ北九州 79 (3)
2013-2014 大分トリニータ 45 (1)
2015-2017 徳島ヴォルティス 75 (8)
2017 ロアッソ熊本 (loan) 6 (0)
2018-2021 水戸ホーリーホック 119 (8)
2022-2024 鹿児島ユナイテッドFC 72 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年1月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

木村 祐志(きむら ゆうじ、1987年10月5日 - )は、東京都港区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)[1]

プロ入り前

2歳年長の兄がサッカーをしており、その影響で自らも3歳の頃からボールをけり始めたという[3]。その後港区所在の風の子サッカークラブに入団し、小学生時代はそこでボランチとしてプレーした。6年次に複数のクラブのセレクションを受験し、うち川崎フロンターレのU-15チームに合格、「家からも近い」という理由で入団[3]。当時の川崎アカデミーは1年おきに監督が代わっていっており、木村はそこで大木武を含む指導者たちから様々なサッカースタイルを学ぶ機会に恵まれた[3]

プロ入り後

川崎フロンターレ

2006年に川崎フロンターレのトップチームへ昇格。同年度と2007年度の2年間は試合出場の機会に恵まれなかったが、木村は「自分はまだまだだ」と考え、腐ることなく練習に打ち込んだ[3]。2008年5月25日、Jリーグヤマザキナビスコカップグループリーグ第4節(対戦相手: 柏レイソル)86分、大橋正博との交代でピッチに立ち[4]公式戦デビューした。翌2009年5月16日にはリーグ戦第12節(対戦相手: ジュビロ磐田)74分に交代出場しリーグ戦デビュー[5]。2010年度はリーグ戦5試合に出場した[6]が、同年度終了後契約満了に伴い退団した[7]

ギラヴァンツ北九州

川崎退団後は移籍先を探して湘南ベルマーレの練習に参加したりなどしていたが、最終的にギラヴァンツ北九州へ移籍加入することとなった[3]。北九州で初めて試合に続けて出場する状況に身を置くことになった結果「試合勘や慣れ」[3]を得、また加入早々主将に任命されたことで「チームのために戦う」[3]という思いをもって試合に臨んだ。加入1年目の2011年度は38試合に出場し、うち10月23日開催の第32節(対戦相手: ザスパ草津)と10月26日開催の第7節[脚注 1](対戦相手: FC岐阜)で計2得点を挙げた[8]。北九州での活躍によって他クラブからの木村への注目が高まるようになった[9]

大分トリニータ

2012年度シーズン終了後、次年度よりJ1昇格が決定していた大分トリニータに移籍した。練習試合の経験があり、チームの雰囲気を知っていたことで「スムーズに入っていけるのではないか」と考えたのも移籍理由のひとつであった[3]

大分ではサッカーの質が向上し面白さを感じる事が出来た[3]一方で度重なる怪我に悩まされることとなる。2013年4月6日、リーグ戦第5節(対戦相手: ヴァンフォーレ甲府)にて左足関節の骨挫傷を負い約1か月間戦線を離脱[10]。翌2014年にも右足首関節遊離体の除去手術を受けて約1か月離脱した[11]。2014年度シーズン終了後、契約満了に伴い大分を退団した[12]

徳島ヴォルティス

大分退団の約1か月後、J2に降格したばかりの徳島ヴォルティスへの加入が決定した[13]。「ボールをうまくさばきながらボランチやサイドハーフ」としてプレーできる選手」であった事が獲得の理由であった[3]。2015年3月21日、同年度リーグ戦第3節(対戦相手: FC岐阜)戦で徳島移籍後初先発初得点を記録したのをはじめ、30試合5得点を挙げた[14]。翌2016年度にはチーム内最多タイ記録となる41試合に出場した[15][脚注 2]

ロアッソ熊本

2017年シーズンは監督交代により出番を失ったこともあり、同年8月にロアッソ熊本期限付き移籍[17]。しかしわずか6試合の出場に留まった。

11月27日に期限付き移籍満了が発表され、徳島側からも同日に契約満了が発表された[18]

水戸ホーリーホック

2018年、水戸ホーリーホックへ完全移籍[19]

鹿児島ユナイテッドFC

2022年、鹿児島ユナイテッドFCに完全移籍[20]

2023年はチームキャプテンに就任し、33試合に出場しJ2昇格に貢献[21][22]

しかし、2024年は2試合の出場に留まり、クラブも1年でJ3に降格してしまう。同年11月1日、現役を引退することを発表した[23]

現役引退後

2025年より水戸ホーリーホックのジュニアユースコーチに就任することが発表された[24]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006川崎30J100000000
200700000000
200800200020
20092220004161
201050001161
2011北九州17J2382-20402
20127411-10411
2013大分J12413040311
2014J2210-10220
2015徳島305-00305
2016413-20423
201740-1050
熊本2460--60
2018水戸10395-00395
2019332-10342
20205231--231
2021240-00240
2022鹿児島30J3330-00330
2023332-10342
2024J220100030
通算日本J1 3115092453
日本J2 30219108031119
日本J3 66210672
総通算 399226018242324
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2007川崎3010
20092210
201030
通算AFC 50

指導歴

脚注

出典

関連項目

外部リンク

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