本岐駅

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所在地 北海道網走郡津別町字本岐
北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度 / 43.648750; 143.991861座標: 北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度 / 43.648750; 143.991861
所属路線 相生線
キロ程 24.7 km
本岐駅
ほんき
Honki
恩根 (3.9 km)
(3.7 km) 大昭仮乗降場
所在地 北海道網走郡津別町字本岐
北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度 / 43.648750; 143.991861座標: 北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度 / 43.648750; 143.991861
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 相生線
キロ程 24.7 km
電報略号 ホキ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1925年大正14年)11月15日[1]
廃止年月日 1985年昭和60年)4月1日[1]
備考 相生線廃線に伴い廃駅
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1977年の本岐駅と周囲約500m範囲。下が北見相生方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

本岐駅(ほんきえき)は、北海道網走支庁網走郡津別町字本岐にあった日本国有鉄道(国鉄)相生線廃駅)である。電報略号ホキ事務管理コードは▲122605[2]

駅名の由来

開業時、当地は飜木禽(ぽんききん)村であったが[3]、「駅名としては字画多きに過ぐるため[5]」として省略され命名されたもので、後年地名も本岐となっている[6]

「飜木禽(翻木禽、とも)」は現在のポンキキン川のアイヌ語名である「ポンキキン(pon-kikin)」(小さい・キキン川)に字を当てたものである。「キキン(kikin)」は果実の名称であり、エゾノウワミズザクラあるいはナナカマドの果実を指す[6][7][8]。この「キキン」の木(「キキンニ(kikin-ni)」)が川筋に多かったことから付いた、と考えられる名称である[6]

語頭の「ポン(pon)」(小さい・子なる)は同地の網走川支流のうち、現在の恩根地区にある「オンネキキン(onne-kikin)」(大きい(親なる)・キキン川)[6]と比較し小さい川であったことから、対になるかたちでついたものである[6][7]

駅構造

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ほかに駅舎側に美幌方から分岐した側線を1本有し、ホームはその部分が切欠きホームとなっていた[4]。ホームは線路の西側(北見相生方面に向かって右手側)に存在し、駅舎が接していた。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能駅であった。業務委託駅となっていた。

利用状況

利用状況の推移については以下の通り。年間の値のみ判明している年度の1日平均は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均
1928年(昭和3年) (87.0) [9] 1日平均乗降人員174人
1931年(昭和6年) (39.5) 1日平均乗降人員79人
1934年(昭和9年) (47.5) 1日平均乗降人員95人
1945年(昭和20年) (127.0) 1日平均乗降人員254人
1950年(昭和25年) (177.0) 1日平均乗降人員354人
1952年(昭和27年) 60,704 (166.3) [10]
1955年(昭和30年) (211.5) [9] 1日平均乗降人員423人
1960年(昭和35年) (225.0) 1日平均乗降人員450人
1965年(昭和40年) (224.0) 1日平均乗降人員448人
1968年(昭和43年) (192.0) 1日平均乗降人員384人
1978年(昭和53年) 86 [11]
1981年(昭和56年) 64 [4]


駅周辺

駅跡

「本岐地区多目的公園」となり、パークゴルフ場や交流センターの建物が建てられている。農業倉庫は残存している。

隣の駅

日本国有鉄道
相生線
恩根駅 - 本岐駅 - <大昭仮乗降場> - <開拓仮乗降場> - 布川駅

脚注

関連項目

外部リンク

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