本田信次
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- 北日本新聞「北日本文芸」詩壇選者
詩誌「大マゼラン」は、1991年(平成3年)、本田の呼びかけで、高橋修宏、田中勲、尾山景子、井崎外枝子らが同人となり創刊された。これまで、井坂洋子、蜂飼耳、河津聖恵、池井昌樹、和合亮一、長谷部奈美江、松尾真由美、片岡直子、田野倉康一、川口晴美など、H氏賞や中原中也賞などを受賞した詩人等が執筆。なお、デザイナーの伊藤久恵による装丁は、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)で入選するなど瀟洒。1991年10月12日付の北日本新聞で、吉増剛造が「詩誌大マゼラン創刊に寄せて」という一文を寄稿している。同誌は2008年(平成20年)5月発行の第11号で終刊した。
その後、個人詩誌として「Magellan Future」が、2021年(令和3年)12月に創刊され、井坂洋子、時里二郎、福間健二、田 原、高橋修宏が寄稿。(「現代詩手帖」2023年4月号の詩誌月評で、詩人・作家の山﨑修平が本田の作品「好きなだけここに」について、「「きみ」をめぐるものを辿りながら、すこしずつ主体の内面を手繰り寄せてゆく。「救われ」ることは誰かにとって救うこと。その描かれない誰かの無数のことばが「きみ」を作り、主体を象ってゆく。引用最終行に涙を禁じえないのは、「耕作放棄地」に込められた幾世代もの記憶、ことばであり、トポスへの畏敬の念によるものだろう。」と紹介。中日新聞夕刊(2025年(令和7年)1月6日)の「中部の文芸」で、評者の北川朱実が、同誌3号(2024年(令和6年)10月刊)に発表の「ズッキーニと戦争」を紹介。
なお、雑誌「VITA」19号(1994年(平成6年)12月 富山県いきいき長寿財団発行)にて、「真冬の湾岸通りを歩くー日本のベニス内川近景」を寄稿(写真:池端滋)し、内川べりを「日本のベニス」と形容した。「当時、内川べりを、日本のベニスと形容する人はいなかったのではないかと思うが、何よりも運河と生活が一体となっている陰影のある水辺の景色の美しさや、暮らしとともに歩んできた水の歴史を伝えたいという強い思いから、あえて「日本のベニス」と表現した。」と本田はSNSで語っている。また、内川べりには、敬愛するスペインの詩人で画家のヒネス・セラン・パガンが住んでいたことから、内川べりの風景が悠久であれという願いを込めたとのことである。(2024年5月18日付の北日本新聞1面コラム「天地人」で紹介)