本陣通
名古屋市中村区の地名
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地理
歴史
町名の由来
日比津町の小字名「本陣前」「本陣東」と東西の幹線道路沿いの町であることによる[3]。「本陣」の由来は、豊臣秀吉の小田原征伐の帰りに本陣を設けた場所であるという説と、織田信長の萱津の戦いにおける本陣跡であるという説があるという[3]。
行政区画の変遷
- 1933年(昭和8年)7月1日 - 西区日比津町・稲葉地町の各一部により、同区本陣通として成立[1]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 中村区成立に伴い、同区本陣通となる[1]。
- 1940年(昭和15年)
- 1947年(昭和22年)
- 1964年(昭和39年)1月10日 - 以下の通り、異同が実施される[7]。
- 1969年(昭和44年)10月21日 - 本陣通1丁目・2丁目の各一部が井深町に、本陣通2丁目・3丁目の各一部が佐古前町にそれぞれ編入される[8]。
- 1974年(昭和49年)8月11日 - 本陣通1丁目・2丁目の各一部が、亀島一丁目に編入される[9]。
- 1985年(昭和60年)8月26日 - 本陣通3丁目の一部が十王町に、本陣通4丁目の一部が森田町1丁目にそれぞれ編入される[10]。
世帯数と人口
2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 2]。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
| 1950年(昭和25年) | 1,338人 | [11] | |
| 1955年(昭和30年) | 1,662人 | [11] | |
| 1960年(昭和35年) | 1,926人 | [12] | |
| 1965年(昭和40年) | 2,363人 | [12] | |
| 1970年(昭和45年) | 1,234人 | [13] | |
| 1975年(昭和50年) | 1,186人 | [13] | |
| 1980年(昭和55年) | 974人 | [14] | |
| 1985年(昭和60年) | 943人 | [14] | |
| 1990年(平成2年) | 896人 | [15] | |
| 1995年(平成7年) | 973人 | [16] | |
| 2000年(平成12年) | 1,033人 | [WEB 6] | |
| 2005年(平成17年) | 1,199人 | [WEB 7] | |
| 2010年(平成22年) | 1,353人 | [WEB 8] | |
| 2015年(平成27年) | 1,449人 | [WEB 9] |
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。なお、小・中学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
| 丁目 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 本陣通2丁目 | 名古屋市立ほのか小学校 | 名古屋市立笈瀬中学校 | 尾張学区 |
| 本陣通3丁目 | 名古屋市立ほのか小学校 名古屋市立豊臣小学校 名古屋市立諏訪小学校 | 名古屋市立笈瀬中学校 名古屋市立日比津中学校 | |
| 本陣通4丁目 | |||
| 本陣通5丁目 | |||
| 本陣通6丁目 | 名古屋市立稲葉地小学校 | 名古屋市立豊正中学校 |
