札幌信金OL殺人事件
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| 札幌信金OL殺人事件 | |
|---|---|
| 場所 |
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| 標的 | 札幌信用金庫(現・北海道信用金庫)職員の女性(当時24歳)[2] |
| 日付 |
1990年(平成2年)12月19日[2] 午後9時40分頃[2] (UTC+9) |
| 概要 | 男が女性を刃物で刺して殺害した後、遺体を民家軒下に遺棄した[3]。 |
| 懸賞金 | 200万円[4] |
| 攻撃手段 | 刃物で突き刺す[3] |
| 攻撃側人数 | 1人[3] |
| 武器 | 小型の鋭利な刃物[5] |
| 死亡者 | 1人[3] |
| 犯人 | 男N(当時22歳)[6] |
| 容疑 | 殺人・死体遺棄[3] |
| 動機 | 不明[6] |
| 対処 | 北海道警察と札幌西警察署捜査本部が捜査(公訴時効成立)[6] |
| 民事訴訟 | N側に約7500万円の損害賠償命令[2] |
| 遺族会 | 殺人事件被害者遺族の会(宙の会)[7] |
| 管轄 | |
札幌信金OL殺人事件(さっぽろしんきんオーエルさつじんじけん)は1990年(平成2年)12月に北海道札幌市西区西野で発生した未解決の殺人事件[1][3]。刑事事件としては被疑者が検挙されないまま2005年(平成17年)に公訴時効が成立したが、公訴時効後に確定した損害賠償命令を巡って遺族らが民事裁判の時効の中断を求めて提訴した結果、時効中断が認定された[6][8]。
1990年12月19日、札幌信用金庫(現・北海道信用金庫)職員の女性(当時24歳)が地下鉄南北線大通駅で同僚と別れたのを最後に行方不明になった[1][9]。女性が帰宅しないのを不審に思った母親は翌日、北海道警察に捜索願を届け出た[1]。これを受けて北海道警察は女性が何者かに連れ去られたと見て札幌西警察署に捜査本部を設置、女性の行方を追った[1]。その後、女性が通る帰り道とは逆方向の路上でボストンバッグが発見され、中にあった健康保険証から女性のものと特定した[1]。
行方不明になってから3日後の12月22日、女性は自宅近くの民家軒下で雪に埋もれた状態の刺殺体で発見された[10][3]。現場に争った形跡があり、着衣が乱れていることなどから捜査本部は殺人、死体遺棄事件と断定して本格的な捜査に乗り出した[3]。
司法解剖の結果、死因は失血死と判明し、首の左右にある刺し傷が致命傷となった[5]。また、傷の形状から凶器は小型の鋭利な刃物と推定された[5]。
1990年12月29日、捜査本部は被害女性の出身高校の2年後輩で現場近くに住んでいた無職の男N(1968年生まれ、事件当時22歳)を殺人容疑で指名手配した[11][12]。N宅に「捕まらないため逃げる」との内容のメモがあったことや、現場付近に落ちていた被害女性のボストンバッグにあった預金通帳にNの指紋があったことが決め手になった[11][13]。
公訴時効成立
損害賠償請求訴訟
2007年9月28日、遺族は指名手配だったNに対し、逸失利益や慰謝料など約1億340万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした[注 1][19]。提訴にあたって、女性の母親が札幌弁護士会に「刑事がだめなら、民事で責任を追及したい」と相談したところ、犯罪被害者支援委員会が訴訟代理人を引き受けたため、提訴が実現した[19]。
2008年2月25日、札幌地裁(竹田光広裁判長)で第1回口頭弁論が開かれ、原告側は「男が加害者であることは明らか」と主張して即日結審した[注 2][21]。原告側は札幌地検から入手した捜査資料のコピーなどを証拠として提出した[22][23]。
2008年3月31日、札幌地裁(竹田光広裁判長)は「Nが殺害行為に何らかの違法な行為態様で関与したことは明らかで、共同不法行為者として損害賠償責任を負う」として損害賠償約7497万円の支払いをNに命じた[24][25]。