本書を踏まえて、明の丘濬『家礼儀節』[6]、黄佐(中国語版)『泰泉郷礼』[7]、李氏朝鮮の金長生『家礼輯覧』[8]、ベトナムの胡嘉賓『寿梅家礼』[9]、琉球の蔡文溥『四本堂家礼』[10]。江戸時代の浅見絅斎の訓点本[11]、熊沢蕃山『葬祭弁論』などが書かれた[12]。
朝鮮では制度として受容されたのに対し、日本では一部の儒者の家で使用されたに留まった[5]。
清の朱子学者王懋竑が偽書説を提唱し、『四庫提要』でも偽書とされたが、吾妻重二らは偽書説を否定し、朱熹の未定稿が没後に流布したものとしている[1]。
21世紀には、儒教の習俗的展開や東アジアへの伝播の観点から、盛んに研究されている[6]。