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朱鞠内駅

かつて北海道雨竜郡幌加内町にあった北海道旅客鉄道の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia

朱鞠内駅(しゅまりないえき)は、北海道(空知支庁)雨竜郡幌加内町字朱鞠内にかつて存在した、北海道旅客鉄道(JR北海道)深名線の駅(廃駅)である。電報略号はマリ。事務管理コードは▲121411[1]。

所在地 北海道雨竜郡幌加内町字朱鞠内
北緯44度17分2秒 東経142度9分48秒
所属路線 深名線
キロ程 78.8 km(深川起点)
概要 朱鞠内駅, 所在地 ...
朱鞠内駅
駅舎(1994年8月31日)
国鉄標準の駅舎とは異なり、屋根勾配は出入り口やホームに雪が落ちない向きとなっている。
しゅまりない
Shumarinai
◄共栄 (3.3 km)
(1.9 km) 湖畔►
所在地 北海道雨竜郡幌加内町字朱鞠内
北緯44度17分2秒 東経142度9分48秒
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 深名線
キロ程 78.8 km(深川起点)
電報略号 マリ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
48人/日
-1979年(昭和54年)-
開業年月日 1932年(昭和7年)10月25日
廃止年月日 1995年(平成7年)9月4日 *
備考 * 深名線とともに廃止。
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1977年の朱鞠内駅と周囲約500 m範囲。上が名寄方面。多数の副本線と、駅裏のストックヤードは木材が沢山野積みされている。名寄側に機関区の名残の転車台跡が残されている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

歴史

駅名の由来

当駅が所在していた地名より。地名は、アイヌ語由来とされるが、諸説ある[2][14][15]。

さらに見る アイヌ語, 意味 ...
アイヌ語 意味 由来
カタカナ表記(アコㇿイタㇰ) ラテン翻字
スマリナイ[注 4] sumari-nay キツネ・川 永田方正による説。町史や1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』もこれを採り、「むかし多くのキツネがすんでいたため[2]」としている。ただし永田は由来の考察にあたって現地に入らず、音に合わせてアイヌ語を当てただけだったとしている[15]。
スマウㇱペッ suma-us-pet 石・多い・川 いずれも松浦武四郎による説。
スマサンナイ suma-san-nay 石・流れ出る・川
スマアンペッ suma-an-pet 石・ある・川
スマリナイ suma-ri-nay 石・高い・川 山田秀三による説。ただし、北海道庁アイヌ政策推進室による「アイヌ語地名リスト」では「語法上は疑問[14]」とする。
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駅構造

当駅で交換する列車(1994年8月31日)
朱鞠内駅構内(車両はキハ53。1994年2月)

廃止時点で、相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった。互いのホームは、駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[16]。駅舎側ホーム(西側)、対向側ホーム(東側)共に上下線共用となっていた。対向側ホームの外側1線が側線となっており、そのほか駅舎側本線の名寄方から分岐し駅舎北側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[16]。1983年(昭和58年)時点では構内外側にさらに3線の側線を有し[17]、最も外側の側線からは名寄方に分岐して転車台を有し、その先で更に3線に分岐し車庫に至る行き止まりの側線を有した[17]。その後1993年(平成5年)までには撤去された[16]。

職員配置駅で、駅舎は構内の西側に位置しホーム中央部分に接していた[16]。駅舎は1964年(昭和39年)の朱鞠内大火の後に建て替えられた耐火ブロック造の平屋の建物であった[18]。1983年(昭和58年)時点では駅舎内にキクの造花や木の根の大株が飾られていた[17]。また、「わたしの旅スタンプ」が設置されていた[17]。焼失した旧駅舎は一部二階建ての木造で、面積は新駅舎の1.5倍程であった[18]。 また、旧駅舎も開設当初は北母子里駅より若干大きい程度の平屋であったが、1956年(昭和31年)まで(時期不詳)に増改築されている[19]。名羽線が開業すれば、当駅は乗換駅になる予定だった。

利用状況

1日の乗降客数

駅周辺

朱鞠内駅前。朱鞠内は豪雪地帯(1994年2月)

当駅ができる以前は湖畔駅近くの三股が朱鞠内の中心市街であったが、当駅がかなり離れた位置に設置されたため、駅の建設と共に多くが三股から移転して新市街が形成された。また駅構内の南北両端に接する敷地にはそれぞれ木工所が開設されて、特に北側の三津橋木工所は専用線が廃止された後も長く操業を続けていた。

駅前広場には「歓迎 道立朱鞠内湖公園」と記載された鉄製のアーチが設置されていた[17]。

その他

  • 北海道内最大の人造湖である朱鞠内湖を擁す雨竜第一・第二ダム建設の際には、当線の延伸工事も重なったため当駅は大変に活況を呈し[16]、水没地域の伐採林材や建設資材の運搬のために臨時貨物列車が頻繁に増発された[5]。ダム建設完了とともに1949年(昭和24年)には宇津内駅での林材貨物積込も無くなって潮が引くように貨物便数も減り[5]、翌1950年(昭和25年)には機関支区が廃止となった[5]。
  • 当駅はもともと夜間滞泊が設定されていたが、廃止時点での設定はなく、上下の最終列車は幌加内駅まで回送された後、営業列車として深川駅まで戻り、旭川運転所まで回送していた。

駅跡

朱鞠内駅跡地(2004年8月)

廃駅後しばらくは駅舎がバス待合所として再利用され、相対式ホームも残っていた。2000年(平成12年)初頭時点では駅舎は現役当時のままと言える状態であったが[21]、同年夏に跡地の再利用として全て解体され、跡地は「朱鞠内コミュニティー公園」となった。駅舎跡地にはバス待合所が新築され[22]、ロータリー内に駅名標とレールの一部が移設されている。

また、2000年(平成12年)時点では駅跡の湖畔方にあった最初の踏切附近から左側に分岐する未成線の名羽線の道床が残存しており[21]、2010年(平成22年)時点でも同様であった[22]。

隣の駅

北海道旅客鉄道
深名線
共栄駅 - 朱鞠内駅 - 湖畔駅

脚注

関連項目

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