杉森建

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共に『ポケットモンスター』の考案を行った田尻智と親友の関係にあり、コンピュータゲーム開発のゲームフリークの創設以前からミニコミ誌の「ゲームフリーク」の発刊に携わった。ゲームフリークでは取締役とアートディレクターを務め、多くのゲームでキャラクターデザインを担当している。その他にも、2005年9月22日に発売された『スクリューブレイカー 轟振どりるれろ』ではディレクターの役職に就いている。

『ポケットモンスター』シリーズのキャラクターをデザインし、1作目の『ポケットモンスター 赤・緑』以降、全てのメイン作品で公式イラストを手がける。全てのデザインを一人で行うのではなく、杉森を含む複数のスタッフがデザインしたものを最終的に公式イラストとしてまとめ上げるのが役割である。なお、代表的な人気キャラクターのピカチュウは、同社のにしだあつこがゼロから一人でデザインして完成させたものだが、公式でイラストとして掲載されたものは杉森が描いている。

アニメ版ポケモンにもメインキャラのデザインに関わっており、劇場版のキャラも杉森がデザインしている。これらの設定画は期間限定でゲームフリークの公式サイトで公開されていたものがある。

好きなポケモンはゲンガーフシギバナ。前者については「不気味でカッコイイところ」を気に入っており[1]、後者については「(好きなポケモンは)フシギバナ。植物と動物が融合したモンスターは斬新だった」と回答している[2]。それ以外のキャラクターではピーチであり、『マリオとワリオ』の公式攻略本では「ピーチスキー杉森」を名乗っている。『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U』のゲッコウガ参戦の執筆したイラストから、杉森自身が公言している事が判明した[3]。この『for』のイラストがきっかけで『セガ3D復刻アーカイブス』のイラストの依頼があった。[4]

来歴

1984年、私立本郷高校卒業。1989年、株式会社ゲームフリークに創立メンバーとして参加[5]

父はNHKの職員であり、父親の仕事の都合上転校を繰り返したため、なかなか友達関係を構築できなかった。

少年時代より漫画を好み、将来は漫画家になることを志していた[6]。漫画の技術は高く、友達関係を作る際、その素養が大きく役立ったという[7]。学校ではあまり優等生ではなく、苦手な教科は地理数学

田尻とはアミューズメント・マシン・ショーの会場にて出会い、関係を深めていった。大学へ進学する意思はなく、漫画家になる志を持っていたが、いつまでも社会人として自立しないことに憤った両親と対立し、家を飛び出す形で町田市アパートを借りた。杉森が借りたアパートは度々田尻が訪れるところとなり、実質的な「ゲームフリークの編集部」となっていた[8]

漫画作品

ゲーム関連

参考文献

脚注

外部リンク

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