1996年高校生優先ドラフトでハンファ・イーグルスから指名され、入団するもこれといった活躍はできず2軍暮らしを主となった。
2000年オフ、左の中継ぎの層が薄い現代ユニコーンズへ移籍。すると、左打者相手を低い防御率に抑え連投も可能な体力を評価され貴重な左の中継ぎとして定着。
2003年はリーグトップの16ホールド、翌2004年には、リーグ2位の20ホールドを記録し勝利の方程式の一人になった。
2005年から2年間兵役でチームを離れ2007年に合流するも2年のブランクからか、乱調となる試合が多かった。
現代が解散すると、ソウル・ヒーローズに移籍。
しかし本人は低迷を続け、2009年オフに自由契約となった。
2009年から監督に就任した朴鍾勳(パク・ジョンフン)が彼に興味を示し正式にLGツインズへ移籍。
自身にとって勝負の年とも言える2010年シーズンは巻き返しに成功し、4月14日に4年ぶりの勝利投手となり7月11日には通算500登板を記録しリーグトップの76試合に登板した。
2011年は9月16日に通算600試合登板を達成するなど、2年連続でリーグ最多の77試合に登板した。
2014年のシーズン序盤以降一軍で登板機会がなくなり、2015年7月26日、LGからウェーバー公示され退団した。
同年7月31日SKワイバーンズに入団。
だが一軍登板のないまま同年限りで戦力外になり引退した。