キウム・ヒーローズ

韓国のプロ野球球団 From Wikipedia, the free encyclopedia

キウム・ヒーローズ韓国語: 키움 히어로즈, 英語: Kiwoom Heroes)は、KBOリーグに所属する大韓民国プロ野球チームである。縁故地(ホームタウン)はソウル特別市。2008年に創設された。

会社名 キウム・ヒーローズプロ野球団
創設 2008年
収容人員 16,833人
運営母体 キウム証券朝鮮語版
概要 キウム・ヒーローズ, 会社名 ...
キウム・ヒーローズ
Kiwoom Heroes
会社名 キウム・ヒーローズプロ野球団
創設 2008年
ロゴデザイン
所属リーグ
KBOリーグ
歴代チーム名
  • ウリ・ヒーローズ(2008年3月 - 2008年8月25日)
  • ヒーローズ(2008年8月26日 - 2009年)
  • ネクセン・ヒーローズ(2010年 - 2018年)
  • キウム・ヒーローズ(2019年 - )
本拠地
高尺スカイドーム(2016年 - )
収容人員 16,833人
ソウル特別市
永久欠番
なし
獲得タイトル
(0回)
成績(タイトル以外)
(0回)
太字は優勝、斜体は準優勝)
シリーズ出場(3回)
太字は勝利した年)
2014・2019・2022
プレーオフ出場(4回)(太字は勝利した年)
2014,2018,2019,2022
準プレーオフ出場(6回)(太字は勝利した年)
2013,2015,2016,2018,2019,2022
球団組織
運営母体 キウム証券朝鮮語版
監督 薛鍾真
テンプレートを表示
閉じる
ハングル 키움 히어로즈
発音 キウム・ヒオロジュ
英語 Kiwoom Heroes
概要 キウム・ヒーローズ, 各種表記 ...
キウム・ヒーローズ
各種表記
ハングル 키움 히어로즈
発音 キウム・ヒオロジュ
英語 Kiwoom Heroes
テンプレートを表示
閉じる

概要

2008年シーズン開幕を前にし、現代ユニコーンズの解散に合わせて創設されたチームである。既存の韓国のプロ野球チームとは異なり、経営母体がネーミングライツで「ヒーローズ」の前につけるメインスポンサーの企業と契約している。現在のメインスポンサーは2019年よりキウム証券朝鮮語版で、過去に2度のメインスポンサー交代があった。

2008年2月、センテニアルインベストメントが球団を創設することを発表し、同月に韓国の民間タバコ会社であるウリ・タバコ朝鮮語版が3年300億ウォンで命名権を取得し、3年間「ウリ・ヒーローズ」(우리 히어로즈)の名で活動することになった。しかし、シーズン中にウリ・タバコがメインスポンサーの権利を放棄すると宣言し、同年8月下旬にウリ・タバコの要請により、チーム名から「ウリ」の名を外し、他のメインスポンサーを探すまで「ヒーローズ」の名称で活動していた。2010年2月8日、ネクセンタイヤと2010年から2年間のメインスポンサー契約を結び、チーム名を「ネクセン・ヒーローズ」に変更(その後、2012年から2年間、2014年から2年間、2016年から3年間スポンサー契約を延長)。2019年よりキウム証券朝鮮語版がメインスポンサーとなり、球団名を「キウム・ヒーローズ」に変更した(スポンサー契約は2028年まで)。

2008年の球団創設から2015年までは木洞野球場を本拠地としていた。球場の都合上、ホームベンチは3塁側となっていた。2016年から韓国初のドーム球場である高尺スカイドームに移転し、ホームベンチは1塁側となっている。

2010年より2軍は全羅南道康津郡にある野球専用の合宿施設を利用してきた。しかし、本拠地のソウル特別市から300km以上離れていたため、2014年よりソウル首都圏の京畿道華城市に拠点を移した。また、同時に2軍チームの名称を華城ヒーローズ(ファソン・ヒーローズ、화성 히어로즈)に変更した。これにより、ヒーローズは1軍と2軍の名称を異にする最初の韓国プロ野球のチームとなった。2019年、京畿道高陽市の高陽国家代表グラウンドに移転し高陽ヒーローズ(コヤン・ヒーローズ、고양 히어로즈)に改称して活動している。

球団事務所は高尺スカイドーム内に所在。

歴史

現代の解散

現代ユニコーンズ1998年以降4度の韓国シリーズ優勝の華麗な実績を誇っていたが、親会社の現代グループはグループの分割相続による規模の縮小および経営不振に苦しんで球団を経営する余力を失いつつあった。それでも、当時のオーナーであった鄭夢憲(チョン・モンホン)現代グループ会長が球団経営の意欲を持って球団を保持し続けた。しかし、2003年8月鄭夢憲オーナーが経営不振のプレッシャーに耐えきれず投身自殺したことで、グループ内部で球団を顧みるものがなくなり、系列分離された元現代グループ所属の傍系企業の支援で延命する状態に陥った。そこで、現代グループは2005年5月、球団売却交渉を韓国野球委員会(KBO)に要請した。しかし、農協との交渉が明らかになった2007年1月以降3度の売却交渉に失敗して、そのまま球団の空中分解および韓国プロ野球のリーグ縮小に発展しかねない事態に陥った。

そこに、2008年1月30日、外資系投資会社のセンテニアルインベストメントが、KBOに加入金120億ウォンを支払い、スポンサーを募集し球団名を売却するネーミングライツ方式によって、現代ユニコーンズに代わる新球団を創設することとなった。選手構成の面から見て、事実上現代ユニコーンズを引き受けているが、ユニコーンズの親会社であるハイニックス半導体に支払う売却代金を省くためと、同時に2007年KBOが資金難に陥っていた現代に融資した131億ウォンの負債を返済する義務を負わずに済ませるため、一旦同球団を解散させてから新球団を設立する形を取った。これで、公式的に球団そのものは継承されていないことになり、三美スーパースターズ時代から累積された現代ユニコーンズの各種球団通算記録も、2007年シーズン限りで現代の解散とともに途切れることになった。

現代の選手の保有権は既存球団の合意によって新球団に譲渡されることとなって、これによって新球団は現代所属選手への優先交渉権を確保した。しかし、2008年2月4日にセンテニアル社はメインスポンサー決定より先に、新球団の新監督にLGツインズなどで監督経験のある李廣煥(イ・グァンファン)やその他のコーチを任命し、危機的状況を選手とともに過ごした現代の金始眞(キム・シジン)監督は1年余りで監督の座を追われた。金始眞監督には新球団のコーチの座を用意していたが、彼に従ったユニコーンズ出身のコーチ陣は受け入れられないことになったので、金始眞もコーチ職就任を辞退した。また、センテニアル社は現代の選手、コーチ陣、フロントの職員などの全員雇用を保証しなかったため、現代の選手は新球団との契約を拒否する姿勢を見せた。

だが、韓国野球委員会の仲裁などにより現代の選手は全員新球団で雇用されることとなったため、2月14日から李廣煥監督らの指揮の下、海外キャンプが中止となった元現代の選手たちは済州島でキャンプに入った。また現代のコーチ陣も8名が新球団へ移籍したが、金始眞元監督はKBOの役職に就いた。

新球団の誕生

2月19日にはKBO理事会で正式にセンテニアル社の新球団加入が認められた。2月21日にはセンテニアル社が新球団のメインスポンサーが、韓国初の完全民間資本によるタバコ会社「ウリ・タバコ」になったと発表し、28日には新球団の名称が「ウリ・ヒーローズ」に決定した。ウリ・タバコはセンテニアル社と2008年から2010年までの3年間、総額300億ウォンでスポンサー契約を結んだ。これによってウリ・ヒーローズは2008年シーズンから、現代ユニコーンズに代わって韓国プロ野球に参加することとなった。本拠地はソウル市南西部の木洞野球場となった。

財閥系の大企業が出資して球団を経営し、大幅な赤字が当然とされてきた従来の韓国プロ野球と違い、黒字経営を目指すため韓国プロスポーツ史上初となるネーミングライツによる経営方式が注目されている。しかし2008年6月末まで支払うべきだったKBOへの加入金120億ウォンの一部24億ウォンの支払いを先延ばししようとした。

その背景としては、メインスポンサーのウリ・タバコが経営不振などによりスポンサー料を払わなかったことがある。そして同社は、球団の相次ぐトラブルが企業イメージ低下につながったとして、2008年7月上旬メインスポンサーの権利を放棄すると宣言し、その後加入金未払い騒動などにより企業イメージの低下が甚だしいため、KBOへ企業名の球団名への使用禁止を求めた。それを受けて翌8月下旬からチーム名はスポンサー名のつかない「ヒーローズ」となった。

ヒーローズ、メインスポンサー撤退による財政難

初年度となった2008年シーズンは、最終年度の2007年は6位だった現代をほぼそのまま受け継ぎさしたる補強もしなかったため、序盤のうちに上位争いから脱落しLGツインズと最下位争いを続け、7位に終わった。また2008年10月、現代ユニコーンズ最後の監督だった金始眞が新監督に就任し、巻き返しを図ることになった。一方で新メインスポンサーが見つからないため資金難は解消されず、翌11月主力投手の張洹三(チャン・ウォンサム)をサムスン・ライオンズへ、現金30億ウォンに無名の選手1名をつけてもらってトレードしようとした。だがこのトレードは他球団からの反対が強く、KBOによって規約違反であるとされ無効となった。

2年目となった2009年シーズンは、終盤までポストシーズン進出をかけた4位争いに加わったが、最後は力尽き6位に終わった。

ヒーローズは2009年12月末までの支払期限だったKBOへの加入金120億ウォンを完納することになっていた。だが同月に支払うことになっていた36億ウォンのうち、15億ウォンずつを以前から補償金を求めていたソウルを本拠地とする斗山とLGに直接入金し、KBOへは6億ウォンしか支払わなかった。またメインスポンサーが見つからないための資金難からか、主力外野手の李宅根(イ・テックン)を、無名選手2名と25億ウォンという多額の金銭でLGへトレードしようとしたが、KBOからの承認は保留とされた。12月30日、KBOは加入金未納の問題を解決し、李宅根、張洹三、李賢承(イ・ヒョンスン)の3名の主力選手が相手球団の選手と金銭と引き換えに、他球団へトレードされることも承認された(このうち李宅根は2011年シーズンオフにフリーエージェントとなってヒーローズに復帰した)。

ネクセン・ヒーローズ時代

球団マスコットのトクトリ

2010年2月、新メインスポンサーとしてハンコックタイヤクムホタイヤに次ぐ韓国3位のタイヤメーカーであるネクセンタイヤと2年間の契約を結び、チーム名は「ネクセン・ヒーローズ」に変更された。開幕前の3月には馬一英をハンファに、7月には黄載鈞をロッテにトレードするなど前年オフからの戦力流出に歯止めがかからず、ハンファとの最下位争いを繰り広げ、2010年は7位となった。

2010年12月高源浚をロッテへ、2011年7月宋臣永金聖賢をLGへトレードに出すなど体質は変わらず、2011年シーズンは球団史上初の最下位となった。2011年までとなっていたネクセンタイヤとのメインスポンサー契約は、2012年から2年間延長された。

2012年は前半戦こそ上位争いを続けたが後半失速したことで、シーズン途中の9月17日、金始眞監督の解任が発表され、残り試合は金性甲監督代行が指揮を執り、6位で終えた。2012年10月10日、廉京燁監督が就任した。2013年はレギュラーシーズン3位で初めてポストシーズンへ進出したが、準プレーオフで斗山ベアーズに敗れた。

2014年よりファームシステム構築・運営のノウハウや、セイバーメトリクスなどを用いた選手分析システムといった技術を学ぶためボストン・レッドソックスと戦略的パートナーシップを結んだ。レッドソックス初のアジア球団との提携である[1]同年は初となるレギュラーシーズン2位で終え、2年連続進出のポストシーズンはプレーオフから出場し、LGツインズに勝利し初めて韓国シリーズに進出したが、サムスン・ライオンズに敗れた。2015年はレギュラーシーズン4位で、3年連続ポストシーズンに進出。5位SKワイバーンズとのワイルドカード決定戦に勝利するも、3位斗山ベアーズとの準プレーオフで敗退した。

本拠地を高尺スカイドームへ移した2016年はレギュラーシーズン3位で、4年連続ポストシーズン進出を果たすも、準プレーオフでLGツインズに敗れ、廉京燁監督は辞任し張正錫監督が就任した。2017年は7位で5年ぶりにポストシーズンへ進出できなかった。2018年はレギュラーシーズン4位でポストシーズンへ進出し、起亜タイガースとのワイルドカード決定戦、ハンファ・イーグルスとの準プレーオフを勝ち抜きプレーオフに進出したが、SKとのプレーオフで敗退した。

キウム・ヒーローズ時代

2018年11月6日、ネクセンタイヤに代わり、キウム証券朝鮮語版と2019年から2023年までの5年間、年間100億ウォンでメインスポンサー契約を締結したことを発表した[2]。2019年1月15日に行われた球団の出陣式にて新チーム名である「キウム・ヒーローズ」、並びに球団ロゴやユニフォームなどを発表した。同年はレギュラーシーズン3位でLGとの準プレーオフ、SKとのプレーオフに勝利し5年ぶりに韓国シリーズへ進出したが、斗山に敗れた。 2019年11月、孫奕監督が就任したが、2020年10月8日に辞任した。2020年シーズンの残り試合は金昌鉉監督代行が指揮し[3]、レギュラーシーズン5位で3年連続ポストシーズンに出場するもワイルドカード決定戦でLGに敗れた。

2021年1月、洪源基監督が就任した[4]。同年は2020年と同様にレギュラーシーズン5位で4年連続ポストシーズンに出場するも斗山に敗れ、2年連続でワイルドカード決定戦で敗退となった。2022年はレギュラーシーズン3位で5年連続ポストシーズンに出場、準プレーオフでKTウィズ、プレーオフでLGに勝利し3年ぶりに韓国シリーズへ進出するが、SSGランダースに敗れた。2023年はネクセン時代の2011年以来となる最下位、初の10位だった。2024年は2年連続最下位だった。2025年7月14日、洪源基監督が解任され、二軍監督だった薛鍾真が監督代行となり[5]、同年も3年連続最下位だった。2026年から薛鍾真が正式な監督となる。

歴代監督

  • 李廣煥(イ・グァンファン、2008年)
  • 金始眞(キム・シジン、2009年 - 2012年9月17日)
  • 金性甲(キム・ソンガプ、2012年9月18日 -10月5日)※ 監督代行
  • 廉京燁(ヨム・ギョンヨプ、2013年 - 2016年)
  • 張正錫(チャン・ジョンソク、2017年 - 2019年)
  • 孫奕(ソン・ヒョク、2020年)
  • 洪源基(ホン・ウォンギ、2021年 - 2025年7月14日)
  • 薛鍾鎮(ソル・ジョンジン、2025年7月15日 - )※ 2025年は監督代行、2026年より監督就任

在籍選手

首脳陣

一軍

さらに見る 背番号, 名前 ...
背番号名前読み役職
81 薛鍾鎮ソル・ジョンジン監督
77 姜炳植カン・ビョンシク首席コーチ
90 朴正音パク・チョンウム作戦兼走塁コーチ
83 盧炳娯ノ・ビョンオ投手コーチ
80 張英錫チャン・ヨンソク打撃コーチ
74 文燦宗ムン・チャンジョン守備コーチ
76 金俊完キム・ジュンワン外野守備コーチ
89 朴度炫パク・トヒョンバッテリーコーチ
78 朴乗駐パク・スンジュブルペンコーチ
閉じる

二軍

さらに見る 背番号, 名前 ...
背番号名前読み役職
73 呉潤オ・ユン監督
71 鄭粲憲チョン・チャンホン投手コーチ
75 李丙珪イ・ビョンギュ打撃コーチ
55 李明起イ・ミョンギ打撃コーチ補佐
79 柳在信ユ・ジェシン守備走塁コーチ
70 金東佑キム・ドンウバッテリーコーチ
88 文聖現ムン・ソンヒョンブルペンコーチ
閉じる

残留軍

さらに見る 背番号, 名前 ...
背番号名前読み役職
52 朴炳鎬パク・ビョンホ先任コーチ
84 任奎彬イム・ギュビン投手コーチ
未定 趙範俊チョ・ボムジュン投手コーチ補佐
82 姜炳云カン・ビョンウン野手コーチ
閉じる

巡回

さらに見る 背番号, 名前 ...
背番号名前読み役職
98 金守経キム・スギョン投手統轄コーチ
閉じる

投手

さらに見る 背番号, 選手名 ...
背番号選手名読み備考
0 朴柱盛パク・チュソン
8 金聖民キム・ソンミン
11 李康俊イ・ガンジュン育成選手
13 丁炫瑀チョン・ヒョンウ
18 朴俊賢パク・チュンヒョン2026年新人ドラフト1巡目
19 金潤何キム・ユンハ
20 曺永健チョ・ヨンゴン
21 金星眞キム・ソンジン100から背番号変更
育成選手から追加登録
28 金在雄キム・ジェウン兵役から復帰
30 崔炫旴チェ・ヒョンウ2026年新人ドラフト6巡目
育成選手から追加登録
112から背番号変更
31 呉析洲オ・ソクジュ
35 朴狁星パク・ユンソン
37 朴志晟パク・チソン2026年新人ドラフト3巡目
40 朴晋亨パク・チンヒョンロッテから2次ドラフト4巡目で移籍
41 安佑鎮アン・ウジン
42 李俊雨イ・ジュンウ21から背番号変更
45 丁茶勛チョン・ダフン2026年新人ドラフト4巡目
46 元鐘玄ウォン・ジョンヒョン
47 李承鎬イ・スンホ66から背番号変更
育成選手から追加登録
48 金久保優斗新外国人
アジアクォーター枠
49 金善起キム・ソンギ
50 河映敃ハ・ヨンミン
54 ラウル・アルカンタラ
59 金序俊キム・ソジュン育成選手から追加登録
61 裵東玄ぺ・ドンヒョンハンファから2次ドラフト3巡目で移籍
62 全俊杓チョン・ジュンピョ
63 孫玄基ソン・ヒョンギ育成選手
64 鄭世映チョン・セヨン77から背番号変更
65 金東昱キム・ドンウク兵役から復帰
66 李太陽イ・テヤン2026年新人ドラフト5巡目
67 金仁凡キム・インボム育成選手
68 金衍柱キム・ヨンジュ
69 林璡默イム・ジンモク82から背番号変更
85 李明鍾イ・ミョンジョン兵役から復帰
育成選手
91 白晋守ペク・チンス84から背番号変更
育成選手
94 朴正勲パク・ジョンフン
95 尹惜源ユン・ソクウォン
96 尹鉉ユン・ヒョン育成選手
99 金東奎キム・ドンギュ
100 孫ヒムチャンソン・ヒムチャン37から背番号変更
育成選手
101 金東爀キム・ドンヒョク兵役から復帰
育成選手
106 呉慧晟オ・ヘソン83から背番号変更
育成選手
107 鄭東峻チョン・ドンジュン85から背番号変更
育成選手
109 李太準イ・テジュン40から背番号変更
育成選手
110 韓旼右ハン・ミンウ104から背番号変更
育成選手
113 金兌彦キム・テオン2026年新人ドラフト7巡目
育成選手
114 朴凖鍵パク・チュンゴン2026年新人ドラフト8巡目
育成選手
117 金類彬キム・ユビン2026年新人ドラフト11巡目
育成選手
118 李昇宰イ・スンジェ新入団
育成選手
120 朱勝彬チュ・スンビン兵役から復帰
育成選手
李鍾旼イ・ジョンミン軍保留選手
朴陞祜パク・ボムジュン軍保留選手
朱勝優チュ・スンウ軍保留選手
閉じる

捕手

さらに見る 背番号, 選手名 ...
背番号選手名読み備考
12 金乾𠘕キム・ゴンヒ
32 金載顯キム・ジェヒョン
44 金東憲キム・ドンホン47から背番号変更
56 朴聖彬パク・ソンビン
103 金俐矸キム・リアン育成選手
105 金智晟キム・ジソン65から背番号変更
育成選手
116 金ジュヨンキム・ジュヨン2026年新人ドラフト10巡目
育成選手
121 金時仰キム・シアン兵役から復帰
育成選手
閉じる

内野手

さらに見る 背番号, 選手名 ...
背番号選手名読み備考
00 権爀頻クォン・ヒョクビン育成選手から追加登録
101から背番号変更
1 金太珍キム・テジン
4 朴韓結パク・ハンギョル2026年新人ドラフト1巡目補足指名
5 李載象イ・ジェサン育成選手
6 呉先真オ・ソンジン60から背番号変更
9 安致弘アン・チホンハンファから2次ドラフト1巡目で移籍
10 金熊斌キム・ウンビン
14 徐建昌ソ・ゴンチャン起亜から移籍
22 ケストン・ヒウラ新外国人
23 金丙輝キム・ビョンフイ
26 金址席キム・ジソク2026年新人ドラフト2巡目
34 マット・デビッドソンNCから移籍
38 崔宰栄チェ・ジェヨン2026年新人ドラフト4巡目補足指名
39 廉承沅ヨム・スンウォン
53 崔周煥チェ・ジュファン
58 李柱亨イ・ジュヒョン育成選手から追加登録
60 瀁泫踪ヤン・ヒョンジョン70から背番号変更
86 宋知厚ソン・ジフ
92 魚竣棲オ・ジュンソ
93 呂東煜ヨ・ドンウク
97 田太鉉チョン・テヒョン育成選手から追加登録
104 徐愉迅ソ・ユシン98から背番号変更
育成選手
115 柳程擇ユ・ジョンテク2026年新人ドラフト9巡目
育成選手
李昇沅イ・スンウォン軍保留選手
高永宇コ・ヨンウ軍保留選手
閉じる

外野手

さらに見る 背番号, 選手名 ...
背番号選手名読み備考
2 李主形イ・ジュヒョン
17 林秉昱イム・ビョンウク6から背番号変更
25 朱成元チュ・ソンウォン
27 秋材賢チュ・ジェヒョン斗山から2次ドラフト2巡目で移籍
29 林祉閲イム・ジヨル
33 元晟準ウォン・ソンジュン育成選手から追加登録
36 李炯宗イ・ヒョンジョン
43 朴燦爀パク・チャンヒョク兵役から復帰
57 朴株洪パク・チュホン
72 朴彩鬱パク・チェウル育成選手から追加登録
108から背番号変更
87 朴洙椶パク・スジョン14から背番号変更
111 沈輝潤シム・フィユン91から背番号変更
育成選手
張栽栄チャン・ジェヨン軍保留選手
閉じる

在籍した主な選手及びコーチングスタッフ

選手

鄭成勲(チョン・ソンフン、2008)
現代在籍時からサードのレギュラーとして活躍。フリー・エージェント宣言を通して2008年オフLGツインズに移籍。2006年WBC韓国代表の予備エントリーメンバーだったが、1次ラウンドの台湾戦で金東柱が試合中に負傷退場し、その代役として抜擢された。
高津臣吾(2008)
東京ヤクルトスワローズ。球団史上初の日本人選手。2008年シーズン途中に入団し、約3ヶ月間活躍した。チームの低迷のためセーブ機会がなかなか回ってこなかったが、1勝0敗8セーブ、防御率0.86と成績を残した。しかし、シーズン後球団は打線の補強のために外野手のダグ・クラーク英語版と契約したため、1球団2人までの外国人枠の関係で退団となった。
金東洙朝鮮語版(キム・ドンス、2008-2009)
移籍するまでに、LG三星SK現代の4球団を渡り歩き、満40歳まで現役を続けたベテラン捕手。2009年シーズンには宋津宇に次いで韓国プロ野球史上2番目、野手としては初の実働20年を記録した選手となった。2009年からコーチ兼任となり、この年限りで現役を引退し一軍バッテリーコーチに就任した。
田埈昊朝鮮語版(チョン・ジュンホ、2008-2009)
ロッテ現代時代に計3度の盗塁王に輝いた外野手。2008年6月7日、韓国プロ野球史上初の2000試合出場を記録。また、同年9月11日は個人通算2000本安打も記録(2人目)して、史上初の2000試合出場、2000本安打を記録。2019年シーズン終了現在、韓国プロ野球個人通算最多盗塁(550)および最多三塁打(100)記録保持者。2009年は試合中の骨折により長期離脱し、1991年のプロデビュー以来となる連続2ケタ盗塁の記録も18年で途切れ、同年限りでヒーローズを自由契約となり現役を引退。SKの一軍走塁コーチに就任し、2011年はアメリカのサンディエゴ・パドレスでコーチ研修を受け、2012年よりNCの作戦走塁コーチに就任した。
クリフ・ブランボー(2008-2009)
オリックス・バファローズ。2003年から04年まで現代に在籍、04年には首位打者となる活躍でチームの韓国シリーズ2連覇に貢献。2005年から06年までオリックスでプレーした後、2007年現代に復帰、移籍後も主に指名打者として活躍し、2009年まで4番を任された。なお、韓国では発音上、プルムバと呼ばれる。
張洹三(チャン・ウォンサム、2008-2009)
北京五輪野球韓国代表の左腕投手。2008年シーズン後、現金30億ウォンと無名の投手を代償にサムスンにトレードされた。しかし、チームの創設の前提のひとつであった「創設から5年間は選手を金銭トレードで出さない」という約束を破ったとして、韓国野球委員会からトレードが承認されなかったので、ウリに戻された。コミッショナーの裁定によってトレードが取り消されたのは初めての出来事である。だがその1年後の2009年12月、サムスンへとトレードされた。2009年第2回WBCでも韓国代表にも選ばれ、2次ラウンド順位決定戦の日本戦に先発した。
馬一英(マ・イリョン、2008-2010)
球団創設当時、投手ローテーションの一角として働いた左腕投手。2009年のWBCのエントリー候補。
1999年の2次ドラフトで解散直前のサンバンウルに指名されたが、入団直後現代にトレードされた。当時経営難に陥ったレイダーズの立場を利用して、現代が金銭トレードを条件に上位指名権を持っていたサンバンウル側に彼を指名してもらったのが実情である。韓国プロ野球ではドラフトの指名権のトレードは認められていなかったが、指名して入団させた新人のトレードを制限するルールがなかったため、このように変則的な形を通して事実上のドラフトの上位指名権のトレードを行った。この件は、当時韓国プロ野球で論議の対象になり、以後このような形のトレードは認められないことになった。2010年3月、3億ウォンの金銭と馬正吉との交換トレードでハンファに移籍した。
黄載鈞(ファン・ジェギュン、2008-2010)
1987年生まれのチーム期待の若手として、主にサードを守り、同年生まれの姜正浩(カン・ジョンホ)と三遊間を組んでいた。しかし2010年シーズン途中、成績不振によりロッテにトレードされた。
ダグ・クラーク英語版(2009-2010)
AAA通算48発の助っ人。アメリカ出身。2008年はハンファでプレー。2009年ヒーローズに入団すると、外国人選手として史上初となる2年連続20本塁打、20盗塁を記録した。投手不足のチーム事情により、シーズン途中の2010年7月に退団(代役はクリストファー・ニコースキー)。
趙容浚(チョ・ヨンジュン、2009-2010)
現代時代は独特の握りから繰り出すスライダーを武器に抑えとして活躍。2002年に新人王を受賞し、2004年韓国シリーズでは7試合に登板して3セーブでMVPを獲得。しかし、最近は肘の故障で出番が減り、2006年から一軍登板がないまま現代ユニコーンズ解散を迎えた。2008年シーズン前、保有権がヒーローズに渡された時、現代時代と比べて大幅の削減された年俸提示に反発してヒーローズと契約せずに、任意引退の身分として2008年シーズンをリハビリに費やした。2008年シーズン終了後、ヒーローズに現役復帰。2009年シーズンには4年ぶりの一軍登板を果たしたが、2010年は故障で1試合も登板できず、同年限りで自由契約となった。
エイドリアン・バーンサイド(2010)
オーストラリア出身。元読売ジャイアンツ。2010年ヒーローズに在籍し10勝をあげたが、不安定な投球内容により1年で退団した。
クリストファー・ニコースキー(2010)
福岡ソフトバンクホークス。2009年はSK斗山でプレー。2010年7月ネクセンと契約したが、1勝どまりで同年限りで退団。
高源浚(コ・ウォンジュン、2009-2010)
プロ2年目の2010年に1軍で先発ローテーションに定着し5勝をあげたが、オフに李政勳などとのトレードでロッテへ移籍。
金聖賢(キム・ソンヒョン、2008-2011)
2008年、プロ1年目から1軍で起用され、2010年7勝し主力投手に成長。2011年7月31日、宋臣永とともにLGへトレードで移籍。2012年シーズン開幕前の3月、プロスポーツ界を騒がせた勝負操作事件に荷担したとしてLGを解雇され、4月有罪判決が下り韓国野球委員会(KBO)から永久失格処分を受けた。
李崇勇(イ・スンヨン、2008-2011)
太平洋ドルフィンズ時代からの最後の生き残りの選手だった。他球団の一塁手と比較すると長打力不足だがそれを堅実な打撃で補い、確かな守備技術とを武器に久しく攻守両面でチームを支えた。自らの身体の衰えを悟り、チーム事情も考慮し2011年限りで現役を引退。2012年より野球解説者として活動。2014年よりKTのコーチに就任。
朴準洙朝鮮語版(パク・チュンス、2008-2011)
現代末期に抑えとして活躍。故障で2009年は任意脱退選手扱いを受けていたが、2010年は中継ぎとして復活。だが2011年限りで自由契約となり、2012年から起亜へ移籍したが同年限りで引退。
黄斗聖(ファン・ドゥソン、2008-2011)
現代末期に1軍定着。ヒーローズでは先発にリリーフに活躍。2010年以降1軍登板がなく、2011年限りで現役引退。2012年よりサムスンの2軍コーチ。2014年には読売ジャイアンツでトレーニングコーチの研修を受けた。
金守経(キム・スギョン、2008-2012)
1998年の入団時から主力投手として活躍し、新人王に輝く。2000年には最多勝投手となるなど、現代の4度の韓国シリーズ優勝に貢献。ヒーローズ移籍後は故障に悩まされ思うように活躍できず、2012年限りで現役引退。2013年よりネクセンのブルペンコーチをつとめたが、2014年より高陽ワンダーズで現役に復帰。
沈秀昌(シム・スチャン、2011-2013)
2011年7月、トレードでLGから移籍してきたが、その時すでに17連敗と韓国プロ野球の個人通算投手連敗記録を更新中であった。移籍後の翌8月に連敗を18で止め約2年ぶりの勝利をあげた。だが2012年以降未勝利で、2013年シーズンオフ2次ドラフトでロッテへ移籍。
張珉碩(チャン・ミンソク、2008-2013)
現代時代は投手だったが、ヒーローズ移籍後は外野手に転向し俊足好打の選手としてレギュラーとなった。2013年シーズンオフ、トレードで斗山に移籍。ネクセン時代までの名前は「張岐英(チャン・ギヨン)」。
呉在一(オ・ジェイル、2008-2012)
現サムスン・ライオンズ。
金炳賢(キム・ビョンヒョン、2012-2014)
東北楽天ゴールデンイーグルス。元メジャーリーガーとして活躍が期待されたがそれに応えられず、2014年4月、起亜へとトレードされた。
ブランドン・ナイト(2011-2014)
福岡ダイエーホークス北海道日本ハムファイターズ。先発投手として活躍。2016年にネクセンの二軍投手コーチに、2017年7月に一軍投手コーチ就任。
宋志晩(ソン・ジマン、2008-2014)
長打力と俊足を兼ね備えた外野手として活躍。キャプテンも務めた。
ヴィニー・ロッティーノ(2014)
オリックス・バファローズ
ヘンリー・ソーサ(2014年)
孫勝洛(ソン・スンラク、2010-2015)
FAでロッテに移籍。2019年シーズン限りで現役引退。
柳漢俊(ユ・ハンジュン、2010-2015)
2004年現代へ入団。2008年の球団創設時は軍へ入隊していた。2010年より復帰、主力外野手として活躍。2015年オフシーズン、FAでKTへ移籍。
李政勳(イ・ジョンフン、2011-2016)
2013年のブルペンの主力。ロッテから高源浚とのトレードで入団し、2016年に引退。
ブラッド・スナイダー(2015)
LGからの移籍で2015年に入団するも同年限りで退団。
ライアン・フィアベンド(2015-2016)
2016年シーズン途中にKTウィズに放出される。
ロバート・コエロ(2016)
先発として期待されるがわずか半年で戦力外になり退団。
ショーン・オサリバン(2017)
2017年に入団するも1勝もできずに退団。
金勢玹(キム・セヒョン、2008-2017)
現代時代から在籍していたが、柳在信とともにトレードで起亜へ移籍した。
アンディ・バンヘッケン(2012-2015,2016-2017)
埼玉西武ライオンズ
エスミル・ロジャース(2018)
マイケル・チョイス(2017-2018)
ダニー・ドンの代役として入団。李承燁の引退試合では3連続本塁打を記録。
エリック・ハッカー(2018)
シーズン途中に加入し、先発として5勝。
金旼成(キム・ミンソン、2010-2018)
強打の内野手だったが、FAでLGツインズに移籍した。
ジェリー・サンズ(2018-2019)
阪神タイガース
テイラー・モッター(2020)
ユーティリティプレーヤーとして期待され入団するも5月5日のシーズン開幕から1か月足らずの5月下旬にウェーバー公示された。
李宅根(2008-2009、2012 - 2020)
現代時代から主軸として活躍していたが、後輩への暴力や球団との対立などトラブルの多い選手だった。
金河成(キム・ハソン、2014 - 2020)
アトランタ・ブレーブス
ジョシュ・スミス(2021)
デビッド・フレイタス (2021)
捕手登録だがほとんど一塁手として出場していた。6月に退団。
ジェイク・ブリガム (2017 - 2020,2021)
東北楽天ゴールデンイーグルス
呉周原(オ・ジュウォン、2009 - 2021)
現代時代から活動し、ヒーローズ一筋でプレーしたフランチャイズスター。
朴炳鎬(パク・ビョンホ、2011 - 2015,2018 - 2021)
2016年から2017年までミネソタ・ツインズ所属だった。
ウィル・クレイグ(2021)
タイラー・エップラー (2022)
オリックス・バファローズ
韓賢熙(ハン・ヒョンヒ、2012 - 2022)
先発、ブルペン共に活躍。2022年シーズン後にFAでロッテに移籍。
エリック・ヨキシュ (2019 - 2023)
アディソン・ラッセル (2020,2023)
卞視援 (2023)
金俊完 (2022 - 2023)
李政厚 (2017 - 2023)
サンフランシスコ・ジャイアンツ
李知栄 (2019 - 2023)
SSGランダース
アリエル・フラード (2023 - 2024)
ロニー・ドーソン (2023 - 2024)
金慧成 (2017 - 2024)
ロサンゼルス・ドジャース
文聖現 (2010 - 2024)
ヤシエル・プイグ (2022, 2025)
ストーン・ギャレット (2025)
李沅錫 (2023 - 2025)
C.C.メルセデス (2025)
読売ジャイアンツ千葉ロッテマリーンズ
宋成文 (2015 - 2025)
サンディエゴ・パドレス
李容圭 (2021 - 2026)
ケニー・ローゼンバーグ (2025, 2026)

在日韓国人・外国人コーチ

宮本好宣(2015)
日本ハムファイターズ
シェーン・スペンサー(2016 - 2019)
阪神タイガース
ブランドン・ナイト(2016 - 2020)
福岡ダイエーホークス北海道日本ハムファイターズ
アダム・ドナキー(2016)

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI