鄭ウラム
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ハンファ・イーグルス 育成軍投手コーチ #77 | |
|---|---|
|
| |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 釜山広域市 |
| 生年月日 | 1985年6月1日(40歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 82 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2004年 2次ドラフト2巡目 |
| 初出場 | KBO / 2015年8月8日 |
| 最終出場 | KBO / 2024年9月29日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
|
選手歴 | |
| |
|
指導歴 | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
|
| プレミア12 | 2015年 |
この表について
| |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子野球 | ||
| WBSCプレミア12 | ||
| 金 | 2015 | |
| アジア競技大会 | ||
| 金 | 2018 | 野球 |
鄭 ウラム(チョン・ウラム、朝鮮語: 정우람、1985年6月1日 - )は、大韓民国・釜山広域市出身のプロ野球選手(投手)。
KBOの最多登板記録保持者(1005試合・2024年シーズン終了時点)であり、KBOシーズン最多登板タイ記録(2008年・85試合)保持者。
SK時代
釜山広域市の慶南商業高等学校に在学中、2004年のドラフト2巡目でSKワイバーンズに指名され、契約金8,500万ウォン・年俸2,000万ウォンの条件で入団。
2年目の2005年シーズンから左の中継ぎ投手として頭角を現し、2008年には柳澤鉉と並びKBOシーズン最多登板タイ記録である85試合に登板し9勝2敗5セーブ、防御率2.78の好成績を残した。
最終的に2004年から2012年シーズンまでの9シーズンで、2度のシーズン80試合以上登板を記録する(2006年82試合・2008年85試合)など通算531登板を記録し、2012年6月7日の対斗山ベアーズ戦(蚕室野球場)で李恵践の記録を上回りKBO史上最年少の27歳6日で通算500試合登板を達成した。
2012年シーズン後に兵役のため一時的にチームを離れ、除隊後の2015年にチームへ復帰。復帰1年目から69試合に登板して防御率3点台を記録するなど実力は健在であり、同年シーズンオフには2015 WBSCプレミア12の韓国代表にも選出され、韓国代表の金メダル獲得に貢献した。
ハンファ時代
2015年シーズンオフにFAを行使し、同年11月30日に4年契約・総額84億ウォンの条件でハンファ・イーグルスへ移籍(人的補償として曺永佑が移籍)。
ハンファ移籍後は主に抑えでの起用が増え、2018年シーズンには35セーブを挙げてシーズン最多セーブのタイトルを獲得した。
2019年シーズンオフには再びFA権を取得したが、2023年シーズンまでの4年総額39億ウォンの条件でハンファに残留した。
2021年6月30日、個人通算902試合目に登板。かつて柳澤鉉が保持していた韓国プロ野球個人通算登板試合数の記録を更新した[1]。
2024年からはコーチ兼任の選手となる[2]が、同年限りで現役を引退、9月29日の引退試合で先発した[3]。
現役引退後
2025年からはハンファ・イーグルスでコーチ専任となった。