李甘 From Wikipedia, the free encyclopedia 李 甘(り かん、生没年不詳)は、唐代の官僚。字は和鼎[1][2]。 長慶4年(824年)、進士に及第し、さらに賢良方正科に登第した。大和年間、侍御史に累進した。鄭注が侍講学士として入朝すると、舒元輿が宰相となっていたため、鄭注も宰相の地位を求めた。李甘はこれに反対した。李訓もまた鄭注を宰相とすることに反対したため、鄭注は宰相となれなかった[1][2]。大和9年(835年)[3]、李甘は軽はずみな行為が罪に問われ、封州司馬に左遷された。のちに配所で死去した[1][2]。 脚注 1 2 3 旧唐書 1975, p. 4451. 1 2 3 新唐書 1975, p. 4291. ↑ 旧唐書 1975, p. 559. 伝記資料 『旧唐書』巻171 列伝第121 『新唐書』巻118 列伝第43 参考文献 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 Related Articles