東京競馬場前駅

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 東京都府中市矢崎町一丁目
北緯35度39分50秒 東経139度28分37.5秒 / 北緯35.66389度 東経139.477083度 / 35.66389; 139.477083座標: 北緯35度39分50秒 東経139度28分37.5秒 / 北緯35.66389度 東経139.477083度 / 35.66389; 139.477083
所属路線 中央本線支線(下河原線
キロ程 5.6 km(国分寺起点)
東京競馬場前駅
とうきょうけいばじょうまえ
TŌKYŌ-KEIBAJŌ-MAE
北府中 (2.3 km)
南東は東京競馬場、北は府中本町駅
北西は分倍河原駅、北東は府中競馬正門前駅
(南へ離れた所を中央自動車道が通る[注釈 1]
所在地 東京都府中市矢崎町一丁目
北緯35度39分50秒 東経139度28分37.5秒 / 北緯35.66389度 東経139.477083度 / 35.66389; 139.477083座標: 北緯35度39分50秒 東経139度28分37.5秒 / 北緯35.66389度 東経139.477083度 / 35.66389; 139.477083
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 中央本線支線(下河原線
キロ程 5.6 km(国分寺起点)
電報略号 ケハ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
開業年月日 1934年昭和9年)4月2日
廃止年月日 1973年(昭和48年)4月1日
テンプレートを表示

東京競馬場前駅(とうきょうけいばじょうまええき)は、かつて東京都府中市矢崎町一丁目にあった日本国有鉄道(国鉄)中央本線支線(下河原線)の廃駅)である。電報略号は、ケハ。

下河原線の旅客路線としての終着駅であり、南武線府中本町駅の南方200メートル程の場所に位置した。同駅に近かったが乗換駅ではなかった。なお、当駅の駅名が国鉄で最も長い駅名であった時期があったが[4]、これに関する詳細は後述する。

東京競馬場の最寄り駅の1つであった。競馬場の観客には、「国分寺新宿東京方面からの観客は当駅を」、「立川川崎方面からの観客は府中本町駅を」、「京王八王子聖蹟桜ヶ丘京王線新宿方面からの観客は府中競馬正門前駅を」と言う具合に使い分けられていた。なお、府中本町駅とは隣接しているものの、乗り換えが不可能な構造だったのは、設置当時、下河原線が鉄道省で、府中本町駅が南武鉄道と別会社だった経緯のためである。

当駅 - 東京競馬場間は地下道で結ばれ、(その間を通る)南武線の線路下を潜る構造となっていた[4]

当駅は武蔵野線が開業した日に下河原線(国分寺 - 北府中 - 東京競馬場前間)廃線に伴って廃止された。下河原線が武蔵野線に置き換えられたのと同様、この駅の機能は府中本町駅に置き換えられている。

戦時中、この駅の手前から南方へ南武線への連絡線を敷設しようとした痕跡が空中写真に記録されている。

歴史

駅構造

廃止時は島式ホーム1面2線の地上駅であった。競馬開催時の長大編成にも対応するため、長いホームを有していた[10]。競馬場利用者のための切符売り場があったが、競馬開催時以外には駅員は配置されなかった。

乗客数の推移

注:1970年は「およそ」となるため、実数ではない。

年度乗車人員降車人員
1953438,305453,316
1954263,467262,289
1956429,910442,647
1960134,797144,893
1965300,307
1970536,000
  • 東京都統計年鑑各年度版

駅周辺

廃止後の現状

駅跡地には東京都府中勤労福祉会館温水プールなどの複合施設が建設された。2003年平成15年)に府中勤労福祉会館も都の行革と建物の老朽化のため取り壊され、跡地は府中市に譲渡されて「矢崎町防災公園」となった。北府中から伸びていた廃線跡は一部が鉄道公園や「下河原緑道」として整備されている。駅名標府中市郷土の森博物館に非公開で保存されている。

その他

隣の駅

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI