東我孫子駅

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年表

列車交換だけの信号場として開設されたが、1950年に旅客駅として開業した[2]。天王台駅が開業するまでは下ヶ戸・岡発戸地域で唯一の駅であった。

駅構造

単式ホーム2面2線を有する地上駅。ホームはいわゆる「列車ホーム」であり、現在の電車の床面よりも少し低くなっている。常磐線天王台駅に近い我孫子方に出口があり、構内踏切で各ホームに連絡している。1971年頃までは2番線ホームの中間部に駅舎・出入口があったため、現在も出口ではなく中間部に停車場中心が置かれている。出口跡には電気関係の小屋があり、そこが駅舎扱いとなっている[注 1]。出口跡の隣にあるタクシー営業所や向かいの薬局・酒店などがかつて正面玄関のあった場所としての面影を偲ばせる。

成田統括センター(湖北駅)管理の無人駅乗車駅証明書発行機、簡易Suica改札機設置駅(ホーム我孫子寄りの通路側に設置)。自動券売機はなく乗車時に乗車駅証明書を取り降車駅もしくは車内で精算する形となる。我孫子方面行きホーム側の出口付近に出札小屋がある。通常は無人でカーテンが閉じられているが、周辺でも数少ない無人駅であることから不正乗車が行われていることもあり、定期的に特別改札が実施され、時間帯によっては管理駅から駅員もしくは車掌が出張してくる。

2018年3月に駅の南口側に新たに駅名の看板が設置された。我孫子ゴルフ倶楽部の最寄駅であることからゴルフをモチーフとした看板になっており、我孫子の「我」の字の点がゴルフボールとなっている。また北側と南側でデザインが異なっており、北側の背景はグリーン部分をモチーフとした絵であり、南側は人工芝を背景として貼ったものである。

当駅は北側と南側どちらからでも入場できるが、駅利用者以外による構内横断を避けるため、入口に「ここは駅改札口につき通り抜けできません」という看板が設置されている。成田寄りに自動車も横断できる踏切がある。

のりば

構内図においては番線に番号は振られていないが駅構内には番号が振られた案内標識がある。

番線路線方向行先
1 成田線(我孫子支線) 下り 木下成田方面[8]
2 上り 我孫子上野方面[8]
付記事項
  • 多くの列車が当駅で上り・下り列車の行き違い待ちをする。
  • 列車接近時および上り列車発車時には構内踏切が遮断され、上下ホーム間の行き来ができない。

利用状況

「千葉県統計年鑑」および「我孫子市の統計」によると、1990年度(平成2年度) - 2006年度(平成18年度)の1日平均乗車人員の推移は以下のとおりであった。

乗車人員推移
年度 1日平均
乗車人員
出典
千葉県 我孫子市
1990年(平成2年) 593 [県 1]
1991年(平成3年) 565 [県 2]
1992年(平成4年) 603 [県 3]
1993年(平成5年) 608 [県 4]
1994年(平成6年) 607 [県 5]
1995年(平成7年) 682 [県 6]
1996年(平成8年) 668 [県 7]
1997年(平成9年) 642 [県 8]
1998年(平成10年) 702 [県 9]
1999年(平成11年) 706 [県 10] [市 1]
2000年(平成12年) 715 [県 11]
2001年(平成13年) 738 [県 12]
2002年(平成14年) 720 [県 13]
2003年(平成15年) 735 [県 14]
2004年(平成16年) 732 [県 15] [市 2]
2005年(平成17年) 708 [県 16] [市 3]
2006年(平成18年) 729 [県 17] [市 4]

駅周辺

周囲は住宅地となっている。北西は天王台、北東は下ケ戸、南西は東我孫子の住宅地が広がる。南東方にはゴルフ場「我孫子ゴルフクラブ」が広がる。かつての駅舎前(南側)付近には酒店薬局そば店(現在は存在せず)・郵便局などがある。常磐線天王台駅までは天王台住宅地を歩いて1 km弱(徒歩12~13分)程度、手賀沼も1 km程度である。

駅南側
駅北側

バス路線

駅北側の国道356号上に阪東自動車の「東我孫子」停留所がある。「東我孫子車庫」停留所(阪東自動車本社)とは別の停留所である。JR成田線を補完する並行路線であって乗り換えメリットは薄く、案内はない。

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
成田線(我孫子支線)
我孫子駅 (JJ 08) - 東我孫子駅 - 湖北駅

脚注

関連項目

外部リンク

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